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凡そ二週間前の出来事だ。

《ハっザマちゃ~ん!ソレ買ってソレ!!》
「…?」

休日の時間潰しに持ってこいのいつものショップ。
宝石程成金趣味ではなくブランド石よりも芸術的なシルバーショップで、手頃なネックレスのトップと指輪を二、三購入し、レジでカードを店員へ預けた直後、テルミさんが不意に精声を発した。
ちょっとした空洞内で声を発しているような、特殊な反響で四肢に響く。
彼の示す"ソレ"というのが何なのか、目的語としてはかなり曖昧ではあるものの、直感で私は視線をカウンターに置いていた手元に下げた。
彼が言うのは恐らく、レジ横に並んでいる小さなピアスなのでしょう。
この店の品々は世間一般レベルで相当に値が張るが、その分混ぜ物も少なくて気に入っている。
小さく丸く、白銀に輝くプラチナリング。
それがいくつか、"序でに如何です?"とばかりに黒い上質の受け皿に載ってカウンター横に添えられていた。
思わず、一瞬瞬いてしまった。
間を置いて、指先でそのうち一つを抓み取り、指先で遊んでみる。

《…これですか?》
《そーそー》
《別段構いませんが…。随分シンプルですよ?》

飾り気がない訳ではない。
細かいが細工もされているようで、よく見れば趣味の良い模様が彫られていた。
そして、私が趣味が良いと思うものは、往々にしてテルミさんに言わせれば"地味"なようで。
この方の場合、例えば店先のショーウィンドウにあるような、大振りでごてごてしい方が好みであるようなので、買い物に出て同じ店で一通り物を見たとしても、今店員が包んでいるように趣味が真逆の品を大概買って帰ることになる。
ピアスにしても、もう少し大きい物が好みだと思っていたので…。
何だか、少し意外で僅かに首を傾げた。
…それに、ピアスは機構内では禁止だったような気がするんですけど。
規律やら何やら、この方には殆ど意味がないでしょうけど、日頃日常生活を遂行するにあたり社交的に不利益になるような目立つ言動は避けたい。

《ピアスは御法度だったような気がするんですけどね~。日常はできませんよ?》
《ヒャハハハ…ッ!》

不意にテルミさんが声を立てて笑う。
ぐるぐると胸の中を愉悦が引っかき回して暴れ、思わず私も笑い出してしまいそうな、自身の愉快と勘違いしてしまいそうになり、小さく咳として他者の感情と自らの感情の間に線を引く。
…?
何か笑うようなツボがありましたか、今の流れで。
疑問に思う私の中で一頻り笑った後、テルミさんが猫なで声を出す。

《いーからいーから。買ってェ~ハザマちゃ~ん。マッド野郎に請求書出していーからァ~。オーネーガーイ~!》
《うわー。嫌ですねぇ。気持ち悪い声出さないでくださいよ。苛っとするじゃないですかー》

内心苦笑しながらも、先に購入していた品の包装を終え、カードと小さな紙バックをカウンターの上に置いた店員に低く片手を上げて、手に持っていたピアスを差し出し追加購入の意思表示を伝える。
若い店員は朗らかに笑い、返そうとしていたカードを再びレジへと通して包装に入った。

《その兄ィちゃんにキレーに包まねェと指切んぞっつっとけよ》
《…え。ラッピングする気ですか?》

テルミさんの発言に、更に店員にラッピングの注文を付けてみる。
常々自分用にしか購入しない私が突然特殊包装など頼んだものだから、店員はカードを返却しながら雑談を飛ばした。

「珍しいですね。どうしたんです。恋人でもできましたか?」
「あははは。恋人ですか? 私に?」
《つーかァ、ハザマちゃんにコイビトとかマジウケんだけど。今更?的な》
「んー。だといいんですけどねえ。生憎募集中でして」
《オイコラ》

テルミさんの突っ込みを無視しつつ店員と軽く雑談した後、二つになった紙バックを片手に店を出た。

家に帰り、早速箱を開ける。
新作で比較的気に入り、装飾性の高い品はシルバーボックスに入れる前に、リビングのガラステーブルの内側に並べて飾ることにしている為、引き出しを開けて中へ並べてみた。
それなりの大きさのネックレスに指輪、腕輪等々…。
その中でテルミさんの購入したピアスの箱だけが小さ過ぎて、少々不安になった。
そのうち無くなりそうな…。

「これ、どうしますか。ラッピング開けて飾りますか?」
《あぁ。いーいー。引き出しん中箱ごと置いといてェ~》
「何方かに賄賂ですか?」

言われたとおり、未開封のままテーブルの内側にちょこんと置いてみる。
宝石箱のような小さな小箱は、中身が見えていなくてもディスプレイとしては優秀だ。
設置の角度を整えていると、私の意思とは無関係に指先が箱を弾いた。

《オタンジョービプレゼント~》
「ああ。私にですか?」

この方がプレゼントとか、私と帝以外に対象が存在するものなら是非拝見したい。
前回の帝の御誕生日にはケーキを贈ってらしたものの、感触としてはいまいちであったようで。
帝の御誕生日は先日経過しましたし、時期的に考えても私へのものであろうことは、彼がラッピングを注文した時から薄々気付いてはいた。
私たちの場合、互いに相手に内密にサプライズとして物事を成し遂げるのは非常に難しい。
テルミさんはその気になればできそうなものですが、私という相手にそこまで手の込んだ仕込みを行う必要性もないのでしょう。
隠す気すらないようで。

《そ。その日まで内緒~》
「いやいや、内緒といいますか…。確実にピアスでしょう。空けませんよ」

無駄だろうが念を押しておく。
確かにピアスは規律違反だが、この人が本気で"付けろ"と言い切れば、恐らく私は付けることになるのだろう。
耳に自分で穴を開けるとか、M気でもない限り変態性質だと思うのは私だけなんでしょうかねえ。
わざわざそんなことをしなくても、結構頻繁に深めの傷も穴も戦闘で空くでしょうに。

「ここに入れておきますからね」
《当日しっかり驚いて狂喜乱舞しろよ?》
「またそういう無茶を…」

ため息吐きながら引き出しを押して閉める。
中身バレバレのプレゼントは、取り敢えず時期までディスプレイとして飾っておくことにした。

 

 

 

 

で、29日。

《オタンジョービオメデトー!ハザマちゃ~ん!!》
「おやー。プレゼント買っておいてくださったんですかテルミさーん。ありがとうございますー」

夕食後、コーヒーを入れたマグと濃密卵のプリンをキッチンから持ってきてテーブルの上に置き、極めて棒読みで小芝居を打ちつつ、自分自身でテーブル引き出しを引くと中から例の小箱を取りだした。
付き合って差し上げている私の優しさが溢れた言動の何が不満なのか、体内でブーイングが飛ぶ。

《もちっと素で喜べや》
「失礼ですね。精一杯喜んでますよ」

ご不満げな彼を一蹴しながら、湯気立つコーヒーを一口飲んでから小箱のリボンを解いた。
…いえまあ、わざわざ空けなくても中身はあの小さなピアスなんですけど。
誕生日プレゼントとしてくださるというのであれば、やはり今日一度は開けておく必要があるように思う。
白くて細いリボンを解いて小箱に左手を添え、右手で蓋を開ける。
ええ、まあ…。当然、中身は小さなピアスだった。
…しかし、二週間の間に私の中の物に対する記憶は曖昧になっていたらしい。
確かシンプルで花と十字架を交えたような細かい彫りが施されていたかと記憶していたが、実物を前にしてよく見ると、購入時は気付かなかったが、十字架の左右に二匹の蛇がいた。
ああ…。なるほど。
これは確かにこの方の趣味ですね、はいはい。
小さくため息を吐いて、掌の中の箱を弄ぶ。
そう言えば、このピアスペアではなくて一つしかないですね。
指輪やネックレスなどと違ってピアスは殆ど手を出していないので詳しくは知りませんが、そういう種類なのか…。
まあ、どちらでもいいでしょう。
片耳なら片耳で問題ないですし、そもそもあまり付ける機会もないでしょうし。

「ありがとうございます。後で機会があれば付けさせていただきます」
《いや、ざけんな。俺様からのありがたァ~いプレゼントじゃん。泣いて喜んで即付けだろ?》
「ですから、お仕事中は駄目じゃないですか。どうしてもと仰るのなら休日付けますから」
《ヒハハハッ…!ヤッベー!マジウケ!! まァだ気付いてねェの!?」
「はあ…。何をでしょう?」
《心配ねェよ。ダぁイジョーブだって、ハザマちゃん! だってコレ、》
「…っと」

弄っていた箱が傾いて、掌からぽろりと指輪が横へ落ちる。
テーブルの上に落ちて台座を抜け出たピアスを指で抓んだタイミングで。

《ヘ ソ ピ、だから♪》
「…」

上機嫌の声に宣言され、私は一瞬硬直した。
…間を置いて頭痛が始まり、抓んでいない方の指先を眉間に添えて両目を伏せ、再度深々とため息を吐いた。
指先の小さな白銀がぎらぎらと嫌な感じで反射した気がした。


プレゼント




「…。冗談ですよね?」

一応、抵抗の意を明示するために呟いてみる。
テーブル前のソファから断固として動かない私を叱って動かすよりも先に、テルミさんは自身で必要な物品を用意することにしたらしい。
足下の影から顔を出したウロボロスたちが部屋の中から処置に必要なものを探してきては、虫を捕ってきて自慢げに見せる飼い猫のように私の正面にそれらを据え置いた。
褒めてくれと言わんばかりに見上げる彼らを無視し、目の前に据えられた安全ピンと太めの針と細い釘、それからお情けといわんばかりの消毒液とティッシュガーゼを、少々諦めの心境で遠目に見下ろす。
それらが並ぶ傍で、淹れたばかりだったはずのコーヒーの湯気が、次第に弱くなっていた。

《は~? なーにィ。まさかビビってんの、ハザマちゃ~ん? ヨユーだって、こんなん。いっつも仔犬ちゃんに肉削られたり穴空けられたり剔られたり掘られたりしてんだろ》
「事実無根な虚言は止めてください。掘られた覚えはないです」
《ハハッ。そのうちヤラカソーとは思っちゃいるけどな。片腕吹っ飛んだり内臓取られたりするのと比べりゃ何てこたァねーだろが》

一般的にはそうなのでしょうが、感覚的な次元が違う。
第一、ラグナ君と対峙したりその他諸々の雑魚のお相手する際は、痛覚遮断機能を起動する。
痛みに対する肉体的精神的な負荷は、無意識下の中でも戦闘中の優劣や戦闘力低下要因の大部分を占め、これらを遮断するだけでも随分人間離れした戦闘力を保持できる。
…が、これらは対他者用だ。
テルミさんが自主的に趣味として私を傷付ける際は、その殆どに痛覚遮断が機能しない。
何故か。
そんな問いかけは愚問というものだ。
その方が彼が愉快だからというただそれだけの理由ではあるが、彼がそう考えそう造った以上、私はその仕様書から抜け出して自身の性能を起動することはできない。
…とは言ってもですねぇ。
あまりの理不尽に、両足の間から頭を伸ばしてきたウロボロスの一匹を撫でながら顔を顰める。

「…いいでしょう。一万歩譲って臍窩にピアスを付けること自体はいいとして…。お願いしますから専用の機械で空けましょう。何か…ほら。市販のものがあるじゃないですか。安全性なんて欠片も無さそうでこれくらいの小く無責任丸出しの」
《ピアッサーのことか?》
「ええ。それか博士に頼んでですねぇ…」
《…。テメェは妙に糞マッドに弄られんの好きだよなァ。…あ?》

それまでの声の高さからガラリと低声へ打って変わった。
凄むような声にぎくりとする。
…いつもはそんなことはないんですけど、私の知らない所でレリウスとまた何か喧嘩でもしたんでしょう。
抑も、生来我が強く排他的で自己中心的なお二人が合う道理がないのですから。
巻き込まれる方はいい迷惑です。
場がそっちの流れに行かないうちに、軽く流して笑う。

「嫌ですねえ。そんな訳がないじゃないですか。…テルミさんがお嫌なら、そのピアッサー?でもいいですから。兎に角この安全ピンとか針とか釘とかそーゆーのは止……めっ!?」

不意に痛みが頬を走った。
パン…ッ!と破裂音にも似た手を打つ音と共に飛んできた手の甲が、左頬を打つ。
衝撃に払われ、右に傾いてソファの上に落ちた上半身にもかかわらず足が着いた床から動かなかったのは、ウロボロスたちが影から絡み出て足首から膝上までをその場に固定していたからで、そんな蛇たちの行動から彼の本気さが伺える。
…ああ。これは駄目ですね。
どうやらなかなかに本気のようで。
抵抗は無理か…。
打たれた左頬にじりじりと熱が集まるのを感じながら、ソファに肘付いて僅かに身を起こす。
垂れる前髪の間から辛うじて見上げると、テーブルとソファの僅かな隙間の間に、テルミさんが鏡像を得て立っていた。
細い双眸が顎を上げて私を見下ろす。

「ヤレっつってんだよ。…シメんぞ」
「…すみません。…空け方…知らないんですよ」

ソファの上に伏せていた半身をのそりと起こし、今ので口の中を切ったかどうか確認しながら再度座り直す。
幸い打たれただけで切れてはいないようだ。
膝まで上ってきている蛇たちに胸中で退くよう指示してみるものの、当然私よりもテルミさんの命令の方が優先順位が高く、彼らは首を傾げるような少々の疑問符を浮かべはしたが、私の足を拘束したまま動く気配を見せなかった。
小さく落胆する私の両足間へ、どかりとテルミさんが勢いよく足を着く。
革製のソファが一瞬軋んだ。
天井の照明が遮られ、彼の影で私の上に薄闇が落ちる。

「ん~。ハザマちゃんは世間知らずだもんなァ? …つっても? まァ、まずは臍出すくれェしねーとさァ。やる気ねェよーに見えちまうよなーァ? ヒャハハハッ」
「…」

うわー。そーゆー流れですかー…。
誕生日のプレゼントということで、仮に付けることができなくてもそれなりに嬉しくはあったものの、これすらテルミさんのお遊びのようだ。
…まあ、当然ですかね。
一体何度目になるのか、疲労から来るため息を吐いてソファに縫い止められたまま両手をベストのボタンに掛けた。
少ないボタンを外し、その下のシャツのボタンも下半分を上から順に解いていく。
最も、臍窩に作業をする場合はシャツだけでは開きが不十分なので、やる気無くたらたらと二本のベルトを外し、パンツの前を開いた。
下着を下ろす必要はないのが幸いだ。
紫外線やら何やらに左右されない青白い肌が薄影の中に晒される。

「…最初はどうするんです? 消毒するんですか?」

テルミさんが邪魔で微妙に見えないが、テーブルに並ぶ一つの消毒液を一瞥する。
事前知識など一切ないが、イメージとしては消毒してから安全ピン、太針、釘の順で穴を広げていく気がしている。
臍ピアスという目で小箱に鎮座している例の銀細工を見ると、なるほど、小さいは小さいが、太さはというと、肉に穴を開けて入れるという視点から見ればそれなりに太い。
ピアスというよりは、ちょっと細めの指輪という厚みだ。
…これ絶対素人用じゃないですよ、絶対。
ある程度慣れた人用なんじゃないですか?
一ミリ二ミリのレベルじゃないんですけど。

「んま、消毒してもいーけどー? ハザマちゃんの場合あんま意味ねェよなァ。どーせ何やったって治るし、膿みゃしねえだろ」
「まあ、そうでしょうけど…」
「ほらよ」

片足ソファに乗せたまま軽く前屈みになり、テルミさんがテーブルから安全ピンを掴み取る。
それをぺっと私の掌へ放り投げた。
…えー。
マジですかー。

「足開け、オラ」
「関係ないじゃないですか。今でも余裕で腹部見えているでしょう」
「気分気分。もっとこーノリノリでやれって~」
「…!」

上からぐわしと片手で頭部を鷲掴みにされ、首が沈む。
雑に髪を撫でられ、そんなことでもつい言われた通りに僅かに足を左右へ開く。
さっきは頑なに固定していたくせに、こういう時だけ蛇たちは足下を緩めた。
…必要がないのなら、消毒は飛ばしてしまってもいいでしょう。
左の指で皮膚を掴もうとしたが、脂肪の少ない私の腹部ではなかなかに困難だ。
それでも何とか寄せ集め、安全ピンの針を外し、注射針のように先端を上から臍窩に添える。

「…痛そうなんですけど」
「度胸度胸。ヒャハハハ!ダイジョーブだって、ほら。 …ハーイ、構えてー? いーち、にーのー…さん!」
「…っ!」

テルミさんのタイミングに合わせて、ぐっと親指の腹でピンの後ろを上から押す。
ブツ…という本当に小さな音を残して、針は臍上の肉を貫き、臍窩へ先端を出した。
先端が無事に貫通したらしいことを見て、そっと指を皮膚とピンから離す。
…うわ。
グロ。
それに、やはり痛覚遮断は機能しないらしく、ちりちりとした痛みが腹部に走る。
そこまで痛くはないものの、視覚的に痛いように思う。
仄かに流れ出た血の臭いに、ウロボロスたちが臍窩に興味を持ったらしく、頭を伸ばしてくる。
一匹の頭を撫でながら、ふう…と一旦身体から力を抜いた。
安全ピン一つで萎縮している私を見下ろし、テルミさんがくつくつと嘲笑っていた。

「つかビビりすぎじゃね? マジハザマちゃんチョー可愛いんですけどー」
「ありがとうございます。…ところで、貴方の可愛いハザマちゃんはもう飽き気味なんですが、如何でしょうか」
「ハイ無理ー」
「あははは。ですよねー。……やりますよ。やればいいんでしょう」

次の太針へ片腕を伸ばし、自分で手にする。
ふう…と息を吐いてから、太針持ったまま入れたままの安全ピンを抜きにかかった。
勢いで入れたものの、抜く時は少しずつ引いてしまい、結果、内筋肉がピンに絡んで引きつる感覚が僅かにあった。
思ったよりも血で濡れていないピンを抜いて、空いた穴が自己修復で塞がってしまわないうちに、素早く太針を添える。
先程と同じく親指の腹で針の尻を押した。
ずぐ…と、今度はさっきよりも重い感覚で真新しい肉の空洞に金属が通る。
さっき穴を開けた時ほど痛みは殆どないが、感覚が気色悪い。

「っ…と。…通りました、よ…っと」
「んー。よしよし」
「…今更ですけど、臍窩にピアスする意味って何ですか?」
「意味なんかねえんじゃね? 装飾。第一臍とかマジ必要ねー臓器だし、寧ろ飾る以外に何か存在意義あんの?的な。…つーかぁ、より俺様の好み」
「…くだらない」
「何で何で。いーじゃん。やってる奴なんてザラにいんだろ。臍が嫌なら先っぽでも後ろでもいーんだぜ? やってみっか? あ?」
「すみません口が過ぎました臍窩がいいですごめんなさい」

彼の冗談が何の気紛れで本気になるか分からないので、すぐさま非を認めてより軽い方を選択しておく。
手早く済ませてしまおうと、針を入れたまま背もたれから少し背を浮かせ、次に釘を取る。
指先でくるくる回しながら下がってきたシャツを再度開いて針を取り出そうとすると、テルミさんが詰まらなそうに顔を顰めた。

「なーんかさー、ハザマちゃんヨユー」
「ええ~? そんなことないですよ。これでも痛いんですからね」
「さっき結構ソソってたんだけどなァ~? ビビってた時とか。…もっとさー、泣いちゃったりとかしてくんねーといまいち愉しくねェんだけどー?」
「はあ…。それはすみませんねえ。…でも、この程度で泣いたりとか、そんな高度なことはちょっと」
「…。ふーん」

退屈凌ぎとばかりに、ずっと添えられていた頭部上の手が私の髪を撫でる。
くしゃくしゃと細い髪をかき乱されれば勿論その分嬉しくはあり、まあ悪趣味で生産性の欠片もなく意味不明な行動ではありますけど、彼が望むのなら身体に小さな穴くらい何てことはない。
さっさと穴を広げて装飾品を組み込んでしまおうと、入っていた針を抜いた所で――。

「そんじゃ、優しー俺様が手伝ってやっから」
「…? 手伝うって何――…っ!?」

にんまり笑うテルミさんの言葉の直後、ぐん…!と両腕が肘から後ろに引いた。
掌から抜き取った針も釘も膝に落ちる。
ぎょっとして肘を見下ろし確認すると、いつの間にかウロボロスが一匹動いていて私の左右の肘を巻き込んで背中を横断しており、きつく巻き付くことで両腕を拘束したらしい。
ただ腕が左右の少し後ろに移ったというだけで完全な拘束とは言い難いが、それでも処置途中の患部から両腕を取り払われたことは確かだ。
さっと青ざめる私の前で、テルミさんは例のボディピアスを片手に、宙へ放ってはキャッチを繰り返していた。

「あー…。いえいえテルミさん、ちょっと落ち着きましょう。どうか冷静に。次ピアスじゃないですよね? 何かすっ飛ばしてますよね? ピン、針…で次は?」
「ラストでピアスー♪」
「いやいやいやおかしいおかしい!釘でしょう、釘。ご自分で用意なさったじゃないですか…!無理です無理です!幅が全然足りないですよ見て分かるでしょう頭悪いんですか貴方! …ちょ…と、いや本……っ!」
「うっせーな。ヘーキだって」

両足間に置いていた足を下ろし、どかりと横に腰を下ろしたテルミさんが、無理矢理私の腹部の筋肉を掴み、痛みに顔を顰めた。
贅肉の少ない私ではそれは酷く痛む。
押し出された血液が、傷口の出入り口からそれぞれ僅かに流れ出した。
上の穴から差し込むのかと思っていたが、ボディピアスとはそういうものなのか、ピアスの口を開けて先端を、テルミさんが下穴である臍窩に添える。
…血液の流れる穴に対して、ピアスの太さが太い。
絶対に無理です。足らない。
身体に力が入る分、ウロボロスたちが締め付けて抑えに走った。
無駄だと知りつつ、少々甘えるように小声で隣人へ声をかけてみる。

「あのー…。やっぱり穴の幅が足りないと思うんですけどー…」
「あー。マジでー?」
「い…ッ!!」

次の瞬間、グ…ッとピアスの先端が細い穴にねじ込まれた。
びくっと両足の爪先と肩が痙り、反射的に目を伏せる。
痛みよりも熱が臍窩に急激に集まり、一気に発熱しそうですらあった。
身動ぎしようにも、ウロボロスたちに四肢を拘束されている分、僅かに身体を捻ることしかできない。

「っ……」
「あーらら、ホント。マジでぜーんぜん足りなかったみてーだなァ。ごめんね~ハザマちゃーん。ご愁傷様ー。ヒャハハハッ!」
「…ッぐ!」

ずぐ…とピアスを左右に捻りながら、強引に肉を割いて金具が進む。
ともすれば貫通ではなく、臍窩から上部に縦に皮膚を千切ってしまいそうな気すらした。
遅れて痛みがやってくる。
ずぐずぐと鈍い肉を割く痛みに、怖々薄く目を開く。
…さっきよりも、随分血が出ていた。
上部の穴の方へ、ピアスの先端が押し出されて顔を出す。

「ぁ…っ、ぅ」
「ほーら余裕余裕。アナ広げられんの好きだろ、ハザマちゃん。…オラ。ツラ見せろや」
「…!」

いつの間にか俯いていた顎を勢いよく取られ、首の関節が軋んだ。
ソファの背もたれから背が浮いた私の背後に腕を回し、テルミさんが肩を組む。

「ギャハハハ…ッ!!ほーら、涙目涙目! …いいねェハザマちゃん。痛い?痛いの??」
「い、いえ…」
「そーだよなぁ。痛くねーよなァ。キモチイーんだよなァ、ハザマちゃんはさー。…なぁ?」

痛む出血部をぼんやり見下ろしている傍らで耳元にキスを喰らい、ひくりとまた身が攣った。
投げやりに顎を解放され、身体がソファに再度沈む。
…小さく笑った後、折角通ったピアスをテルミさんが抜いてしまう。
血で汚れたピアスを目の高さまで摘み上げると、そこからぽとりと膝に落とした。

「自分で通せ」
「…」

腕を拘束していたウロボロスが退く。
…両足を拘束していた二匹共々、膝に落とされた銀細工が気になるのか、私の皮膚上を滑り頭を近づけては、舌先を伸ばして微かに舐めたり頭部で転がしてみたりしていた。

「早くしろよ。塞がっちまったらやり直しだぜ? …それとも、もっかいやっときたいってか?」
「い、いえ…!」

その言葉に慌てて自由になった両手でピアスを拾い、予備知識のないその構造を瞬間的に把握して、先程テルミさんがそうしていたように、下から上へリング上のそれを回すように金具を通す。
血と汗で滑る指に狼狽しながらも、パチン…という軽い音を立てて、何とかリングは臍窩に嵌った。
しかし、まだきしきしと筋肉が痛んでいる。
当面は些細な痛みが継続しそうだ。
…とは言え、処置は完了したと言っていいだろう。
顰めた顔のままほっと安堵して、肩から力を抜く。
血で濡れた肌に蛇たちが吸い付き、血痕を舐め取っていく。
皮膚が濡れる感触が続く腹部へ、横から指先が伸び、血の残る皮膚を引っ掻く。
精神的にくたくたになった状態でちらりと横を一瞥すると、にんまりとテルミさんが笑ってらした。

「ヒャハハハハ! ハザマちゃん、カァ~ワイイ」
「…はあ」
「俺様からのプレゼント、嬉しいだろ? オラ、感謝しろ感謝ーァ!」

肩に回された右腕の指の背で横から頬を撫でられ、疲労もあってか軽い睡魔に襲われた気がした。
さも当然とばかりの彼の絶対的な言葉に反論できるような思考回路を、生憎私は所持していない。
腹部を撫でる彼の手の邪魔をしないよう気を付けながら、私自身、臍に通った装飾品に触れてみる。
白く反射しているリングピアスは、見れば首輪の様で、これといって関係に形のない私としては確かに少々光栄なような気がしなくもない。

「えーっと…。…ありがとうございます?」

何だか物凄く不本意な気がしなくもなかったが、取り敢えず謝しておく。
機嫌良く笑うテルミさんを見ていると、まあそれなりにやはり嬉しいもので…。
腹部なら日常でもバレなさそうですし、社交的にも問題はないでしょう。
こんな銀細工一つで喜ぶのならば、当面は付けて差し上げても吝かではない。

感謝ついでに肩に回されていた手へ手を添え、その甲へ口付けておいた。


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可愛いハザマさんへのプレゼント。
あのごちゃごちゃシルバーアクセ格好いい。
DVが愛情表現ですから一応らぶらぶ内容なつもりです。
2013.2.16





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