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路地裏を歩いていた時のことだ。
細い道を、前方から珍しい姿の奴が歩いてきた。
金髪碧眼は別に珍しくもないとして、その格好だ。
仰々しいくらいにかっちりした白い服で、男だが、歩く度にコートなのか何なのかの裾がスカートのように揺れている。
恐らく何処かの制服なのだろうが…。
何処のだ?
あんま見たことねえな。
…ぽけっと見詰めながら距離が詰まると、相手も俺に気付いたようだ。
あんま年は離れてなさそうだが、恐らく俺のが年上なんだろうから、道が狭いんで大人な俺が端に避けて譲ってやる。
俺の親切心に気付いた相手は、通り際にこりと微笑した。

「失礼。ありがとうございます」
「あ、ああ…。いや…」

年下だろうに、ちょっとぎょっとするくらい爽やかな声と態度で挨拶され、そのままツカツカと白い男は歩いていった。
何となくその背を見送る。
…すげーな。
ホントに一言交わしただけで育ちの良さとかが分かるもんなんだな。
あれは間違いなくどっかのボンボンだ。
一体何処の組織の人間なんだか…。
帯刀してるっぽいからあんま穏やかな機関じゃねえのかもしれんが、少なくとも善悪で言ったら善の団体なんだろうな。
王子様って感じだ…つか、マジで王子だったりして。
小さくなっていくその凜とした後ろ姿に、何となくジンを思い出した。
…アイツと同い年くらいか。
ジン、元気でやってっかな…。
そう思ってくるりとまた進行方向を向くと。

「…」
「うおっ!?」

距離を開けた進行方向に、唐突に青い私服姿のジンが立っていた。
いつもなら即座に戦闘態勢だが、今日は向こうはその気ではないらしい。
コイツが殺る気ん時はまず目が違うんで、会った瞬間に分かるもんだが、いつも戦闘中は鋭い双眸が今はそうでもなかった。
ただし、妙にじと目で俺を睨んでいる。

「よ、よう。ジン。…奇遇だな」
「…。久し振り。兄さん」
「ん…?」

挨拶を交わすにゃ交わすが、ジンはふいと目線を横へ向けて俺を避けた。
珍しい。
いつもは殺しに襲いかかってくるか、そうでなくても刃を向けて"遊ぼう"と誘われるか、若しくは抱きついてくるか寄ってくるかするのだが、今日は駆け寄っても来ない。
そもそも目線も合わせない。
いつもと違う反応に微妙に気分が悪くなる。
そっちがその気ならと、顔を顰めて顎を軽く上げた。

「んだよ、その態度。何か文句あんのか?」
「別に…ないけど」
「んじゃ、挨拶しながら横向くってのぁどーゆー了見だ。挨拶もまともにできねぇのか、テメェは」
「…。知らない」

ふんと顔を反らしたままジンが腕を組む。
この反応にはかなり見覚えがあった。
昔から、気弱だが自分の主張はしっかり持ってる奴で、そんなジンが自分の意見も言わず"知らない"と発言しながらそっぽを向く時は、大概拗ねている時だ。
…何でまた出会い頭にいきなり拗ねられにゃならんのだ。
何か嫌なことでもあったんだろうが、だからって俺に当たられても困るぜ。
はあ…と息を吐き、後ろ頭を片手で掻きながらそれとなく聞いてみる。

「知らない割りにはクソ生意気な態度だなオイ。どした。何か不機嫌じゃねーのか?」
「…別に」
「俺に会ったんだから、もちっと嬉しそうな顔しろよ。それとも何か? 俺のことが嫌ならこのまま消えちまうぞ」
「…!駄目!!」

立ち去るという俺の言葉に、ジンが慌てて顔を上げて振り向いた。
微妙に上目遣いの澄んだ瞳は俺のよく知る目だ。
よしよし。
漸くいつも通りらしい。こうじゃねえとピンとこねぇぜ。
…さて。何で拗ねてたんだか。

「どうした。何か困ってんのか?」
「…」
「ん?」

ストレートに尋ねてみると、とぼとぼとジンが歩み寄ってきた。
あまりに無造作に歩いて来るんで警戒も何もせず、待ってしまう。
近くに来てから、ジンが片手で俺の外套の袖を掴んで引っ張った。

「何だよ。言いたいことがあるならとっとと言え」
「…兄さん、ああいうのが好きなの?」
「は?」
「今擦れ違った、モヤシみたいな奴。…じっと見てたから」

モヤシってお前…。
確かに男にしちゃ細すぎの方だったんだろうが…別に知り合いでも何でもねえからどうでもいいとして、相手に失礼極まりないだろ。
第一、モヤシ男ってんなら、テメェだって相当細く華奢過ぎるだろうが。
負けてねえぞ、絶対。
肉食えっつってんのに嫌い嫌い絶対食わないとか我が儘言ってっからそんなんなっちまうんだ…ったく。
俺はため息を吐いて、ジンに捕まってない方の手を腰に添えた。

「テメェは馬鹿か。んなワケねえだろ」
「じゃあどうして見詰めてたの? 何が気になったの。わざわざ振り返って後ろ姿見てたの、僕見てたんだからね!僕だってショートヘアだし金髪だし、絶対僕の方が巧いし気持……あ、分かった。眼球? 眼球が青の方が好きなの? カラコンじゃ駄目??」
「あぁ~? うっせえな。そんなんじゃねーよ。お前に似てんなと思っただけだ」
「僕に? …本当?」

あんま言いたくねえ理由だったが、正直に言うとジンは納得したらしい。
ほんのり嬉しげにおずおずと聞き返され、素直に頷いておく。
嘘じゃねえしな。
…あんま言いたくなかったが。

「…兄さんも僕に逢いたかったの?」
「会いたかったかどうかは別にして、だ。何してっかなーとか思った矢先にお前がいたから、ちょっとビビッたんだよ。…あと、あんま見かけねえ服だったからな」
「ああ…確かに。私服ではないだろうから何処かの制服のようだけど」
「な。何処のなんだろうな。丈長くて動きづらそうだが、ひらひらしてて蝶みてぇだったよな」
「…兄さん、ああいう服が好きなんだ。…へえ」

俺の袖を掴んだまま、ジンがモヤシ男が消えていった方へ視線を投げる。
俺もそれを追うように背後を振り返った。
奴が角を曲がってから暫く経つから、当然もうその後ろ姿は見えなくなっていた。
ため息を吐いて、改めてジンを見下ろす。
…今日もイイ服趣味だな、オイ。
気に入ってんのか何なのか、ちょいちょい見かける青い服は私服なんだから、防具的な性能を求めるのもおかしな話なんだろうが、それにしたって肩を出す意味が全く分からん。
着てる私服が女物ってワケじゃねーんだろうが(女装趣味は俺的にアウトだ。絶対ェさせねえ。したら教育的指導で殴ってでも脱がす!)、細いジンが着てるとこれ見よがしに肉付きの薄い身体のラインがそりゃー露わで、んな心配は不要に決まってんだが、こーゆー治安悪ぃトコじゃ目立って仕方ない。

「…テメェあんま路地裏彷徨いてんなよ。上階にいろ。危ねえだろ」
「だって、兄さんこの辺りにいるのかなって思って…。兄さんの血が見たくなったから殺しに来たんだけど…」

さらっと物騒なことを言う弟に、俺は青筋を立てて目を伏せた。
いい加減に慣れたは慣れたが、顔見に来る気軽さでほいほい殺しに来んな!
叱っとくべきかそれとも叩き伏せとくべきか、逃げるべきか。
さーて、どれにしようかと考えていた俺の袖からジンが指先を離し、それが意外で思わず瞬く。
ぶん殴るか蹴り飛ばすか斬りつけるかする以外で、こいつが自分で俺から離れるのはすんげー珍しい。
たんっ、と重さのない軽いステップで跳ねるように三歩程度後退する。
長めの横髪と服の裾を揺らしながら、ぱっと笑顔で俺を見上げた。

「今日は止めた」
「あ…?」
「またね、兄さん」

ひらひらと片手を振って、ジンはそのまま背を向けると歩いていった。
路地裏に俺一人がぽつんと残る。

「…はあ?」

よく分かんねー愚弟の言動に、俺は呆気に取られて眉を寄せ顔を顰めた。
つか、意味分かんねーし。
何しに来たんだ、あいつ。
いつもは「殺してあげる」だの「僕を見て」だの「抱いて」だの「遊ぼうよ」だのの大体四種類なのだが、今日の言動はイレギュラーだ。
何もせずに帰るなんて有り得ない。
…静かでいいが、何となくいつもと違うんで背中がむず痒い。
思わず片腕で首の後ろを掻いた。

「…調子狂うな」

どことなく物足りなさを感じながら、舌打ちすると俺はラーメン屋へと足を運んだ。


Only you




数日後。
ちょっと一カ所に留まりすぎでそろそろ場所を移動すっかー…と思っていた矢先。

「にーぃーさん!」
「…」

背後から間延びしたそんな甘ったるい声がかかり、露骨に俺は歩く速度を速めた。
振り返らずにカツカツカツと前のめりに大股で歩き出した俺の背後から、左右の頬スレスレにヒュヒュッと風を切って氷弾が跳ばされ、進行方向突き当たりにあった安っぽいラーメン屋の看板が大破した。
近くを歩いていた住人たちが悲鳴を上げるのを遠い目で見て、仕方なく足を止める。
…はあ、と眉間に皺寄せてため息吐いてから、中指立てながら振り返った。

「ジン!テメェ毎度毎…度……」
「じゃんっ!」

振り返った先に、効果音を付けて、ジンがスカートの裾を抓んで広げ、満面の笑みで微笑……って、いやいやいやいや!!
冷静に見返してしまった自分に瞬時にずびしと突っ込み、俺は何もない虚空に突っ込みの裏手を入れた。
スカートじゃねえや、これ…アレだ、ほら!
この間擦れ違ったボンボンが来てた制服じゃねーか!
顔面蒼白になりながら、いつもの羽織以上にどびらびらしてるジンの姿をあんぐり大口開けて凝視していると、ジンが楽しげに両手を後ろで組んで小首を傾げる。
その仕草に遅れて裾が揺れる。

「どう? 似合うかな。白って膨張色だからちょっと抵抗あるんだけど」
「いやどうってテメェ…。ガチで言っていいか? 馬鹿か!?」

怒鳴る俺の声に少ない通行人がちらちらと俺たちへ視線を投げたのが気配で分かった。
…クソ。注目浴びてんじゃねえか。
身内の恥は世間様にゃ晒せねえと、舌打ちして俺はジンへと歩み寄り、その腕を掴んで力尽くで引っ張った。

「ちょ、と…。痛いよ、兄さん」
「来い!いーからこっち来い!!」

無理矢理表通りから狭い路地裏に入り込み、人目を忍んで奥まで行くと掴んでいたジンの腕を投げた。
バランスを崩してふらつきながらも倒れはせず、俺と少しの距離を空けて落書きされまくりの壁を背にジンが投げた俺へ身体を向ける。
力一杯掴んでやった腕が痛むのか、その場所へもう片方の手を添えながらも、何故か微妙に嬉しげな顔でいるジンが、そっと両肩を上げた。

「もう…。せっかちなんだから。…僕外はあんまり好きじゃないのに」
「っせえわ!」
「いたっ」

ばこっとその頭を利き手でぶっ叩く。
何の話だ。馬鹿かコイツは。
いや、馬鹿なのはすげェ知ってるが!
…叩かれた頭の乱れた髪を手櫛で直しているジンへ、身を乗り出して聞く。

「テメェ、どーしたんだそれ。この間のボンボンの服じゃねーか。盗んできたのか?」
「まさか。ちょっと公ではないルートで入手はしたけど盗んではいないよ。正当な対価は払ったし。国際警察機構って所の制服だったよ」
「国際警察機構??」

聞いたことねーな。
聞いたことはないが、何ちゃら機構だとか何だとかって堅苦しい組織は基本的に苦手だ。
どーせ覚える気もねえし、そのまま受け流す。

「結構重いんだよね、これ。動きにくい」

自分の服の裾をひょいと持ち上げ、ジンが己の姿を見下ろしながら言った。
…そりゃてめーが常日頃薄着過ぎっからだろーが。

「騎士服みたいだよ」
「騎士だぁ? 警察なんだろ?」
「ね、兄さん。どう?似合う? 格好いい?」
「…騎士は自分でこれ見よがしに裾たくし上げて足見せねーよ」

ちょっと他より短めになってる正面の布地から覗いてる両足のうち、右足に片手を添えていつもの戦闘服裾である腿辺りまで裾引いてる弟は、ちょっとばかりごてごてしてて動きにくそうでもあった。
俺に何期待してんだか知らんが、別に何とも思わんから。
つか、ガチでウゼェって。
しかも服の下は、どうやらいつも来てる黒い戦闘用のスーツらしいし、何も色めく要素はねえだろ。
寧ろいつもの戦闘服より露出面積が少なくて兄ちゃん的には良しって感じだ。
別に贔屓してるワケでもなんでもねえが、ジンが見てくれだけは相当にいいのは俺だって分かりたくねえが分かっている。
もちっと慎みってもんをだな……いやまあ、男に慎み求めてもどうかという疑問があるが。
…何だろうな。
この間のボンボンが着てた時は"王子様"って印象だったが、ジンが着るとどーも…ものっそ不本意な表現になるが…"姫様"になるのは何でだ。
王子よりこっちの表現の方がしっくりくんのがキメェな…。
片手を顎に添えて呻りながらジンの服を観察していると、目が合った。
不意にそれまでと違って妖艶にジンの表情が緩まり、ぎくりとする。

「ほら。やっぱりこういうのが好きなんだ」
「はあ? だーれーがーだっつーの」
「こういう方が脱がせたくなるんでしょ?」
「ならんわ!」
「兄さんの為に取り寄せたんだから、好きに汚してくれていいよ」
「…人の話聞いてください」

会話が一向に噛み合わない。
後ろ姿も見ろとばかりに、その場でくるりとジンが反転する。
動作に遅れて裾がふわりと広がった。
もう一度反転を繰り返し、何処の男娼だと突っ込みたくなる色声でジンが得意気な顔で横髪を耳に掛けた。

「ねえ、兄さん。これで僕も蝶々みたい?」
「あー?蝶だぁ??」

コスプレが妙に気に入ってしまったらしい弟に向けて、しっしと追い払うジェスチャーしながらもう片方の手で顔を押さえる。
蝶々?
突然何言ってんだコイツ。
頭痛がしてきたぜ、ホント。

「あー…ハイハイ。そのままひらひらどっか飛んでっちまえ」
「僕兄さんの蜜がないと生きていけないから遠くへは行けないよ」
「……」

つくづく卑猥なことをの平気でのたまう奴だ。
がくりと肩を落とす俺が一瞬気ぃ抜いて顔を背けた矢先、ぴょこんとジンが俺の首へ両腕上げて抱きついてきた。
がくりと重さが首にかかる。
反射的に金髪の頭鷲掴みにして引き剥がそうとぐいぐい押してみるも、執念深くジンは俺に抱きついたまま離れなかった。

「てめ、この馬鹿!止めろ…!!」
「やだ! 兄さんの為なら、僕どんな格好でもしてあげる!だからもう他の人のことあまり見詰めないで…!!」
「…。はああああっ!?」

ジンのそんな言葉で漸く、俺は前回会った時の自分の発言と一連の愚弟の行動とをリンクできた。
単純にコスプレが気に入っていたわけじゃねえのか。
"ひらひらしてて蝶みてぇだった"という俺の発言や、あのボンボンの後ろ姿をじっと見送っていたことが、どうやらコイツの中でえらく引っかかってるらしい。
たった一言&一瞥だろうが!
大体見詰めてねえよ!疑問持っただけだっつってんのにどーして理解しようとしねえんだコイツは。
馬鹿か!
引き剥がそうと奮闘していた俺はその阿呆さに呆れかえって、頭を押し返していた手を離すと、抱きついているというよりはしがみついているジンの肩に両手を置いた。

「バッカだなお前…。こないだのことずっと言ってやがんのか?」
「だって…なまじ僕と同じくらいの歳した奴に見えたから…。あいつのこと気に入って、僕の代わりみたいにしたら嫌だなって思って」
「通行人にそこまで情が移るわきゃねーだろーが。…第一、他人が家族の代わりなんて有り得ねえだろ。その辺にほいほいテメェやサヤの代わりがいて堪るか」
「…!」

ぺちぺち頭を叩いてやると、ジンは両目を閉じて肩を上げた。
頭叩いた後、わしゃわしゃ撫でてやると、今度はそのまま目を伏せて擽ったそうに笑う。
気持ちよさそうな顔から、喉を鳴らす音でも聞こえてきそうだ。
性格猫みてえな奴なんで、強行突破や破天荒な行動がかなり多い弟を宥めるのには、力尽くでぶっ叩くよりも、こっちの方が実はかなりの確率で大人しくなったりするのだが…。
この流れに持っていけねえ時といける時があっから、その辺が難しい。
今日は当初からあんまりぶっ飛んではなかったみてーだし、殺し合いにならずに済みそうだ。
やれやれ…。

「くだらねぇことに金使ってんなよ。んな服買う暇あったら自分の好きな服買ってろ」
「うん…。…ね。この後暇?」
「あ?」
「僕、服選ぶの苦手なんだ。良かったら、兄さん見繕ってよ。お礼に食事をご馳走するから」

頭に置いた俺の手にぐりぐり自分から頭擦り寄せながら、ジンが上目で問う。
買い物に付き合えって話か。
…まあ、暇っちゃ暇だが。
面倒くせーがその代わりに飯にありつけるというのは悪い話じゃねえな。
適当に選びゃいいんだろ?

「表通りの店にゃ行けねーぞ。賞金首だからな、これでも」
「裏の店でもいいよ」

どんな服でもね、と付け足し、指を絡めてくる手だけ握り残してジンが漸く俺に引っ付くのを止める。
気持ち悪ぃ馬鹿弟の残った手もべしっと腕振るって払うが、それでもしつこく人の袖を掴んでくる。

「ったく。仕方ねぇな…。ちょっとだぞ。すげーちょっとな。つか一瞬」
「うん。いいよ」
「飯は高くて美味いもんだからな」
「兄さんの好きなお店でいいよ。…なんてね。デートみたいだ」

人の腕引っ張ってジンが歩き出す。
何かおぞましい呟きを聞いたような気がするが、知らない振りをしておこう。
つんのめって転ばないために、俺も嫌々歩き出した。
連れ込んだ路地裏を出て、一つ広い道に戻る。
…心底嬉しげなジンの姿に、理不尽なすれ違いめいたものを感じ俺はため息を吐いてから声を掛けた。

「…あのなあ。ジン」
「なあに、兄さん。やっぱり止めたとか言ったら……殺すよ」

最後の部分だけ瞬時に温度が下がった。
が、俺が言いたいのはそんなことじゃなくてだな…。
場がマジにならねえうちに、ぺしっと片手で軽くジンの頭部を叩く。

「ちげーよ。…あのな、毎度毎度思うが、テメェもーちょいその幅何とかなんねーのか?」
「幅?」
「幅。極狭だろ」
「嫉妬のこと? 兄さん…。僕は寛大な方だよ。兄さんがクズ共と会話していても、許してあげてるじゃない」
「…」

ふわりとした微笑と何を言っているんだくらいの勢いな反応が返り、俺はさっきの殺す発言よりもこっちの方が少しぞっとした。
寛大だとかぬかしやがりましたか、このガキは?
お前の基準はどーなってんだ。
ものっすげえ突っ込んで問いただしたい所だが、聞かない方が絶対に正解だ。
ヘタに突っ込むとスイッチが入る気がする。
大人な俺はぐっと堪え、ごほんと一度咳をした。

「あんまあっちこっち目の敵にしてんじゃねえぞ。テメェは俺のこと何だと思ってんだ」
「だって…」
「何をどーやったって、俺の弟はお前一人だろーが。他人と比べて何になるんだ。…んな騒いでんなよ。阿呆くせェ」
「…!」

くっついてるジンの頬を狙って、戯れに軽く額にデコピンする。
コンッといい音が鳴ってジンの額が赤く染まったが、された本人は患部を押さえるでも文句を言うでもなく、何故か呆けた顔で俺のことを見上げていた。
…何で凝視?

「…」
「返事」
「う、うん…!」
「…?」
「こんなのいらなかったな。本当、馬鹿だったよ。重さはあるから肩を上げるのに些か抵抗がある。正装でもない限り、戦闘時の服は軽く動きやすいことに越したことはない。これは劣悪だ。兄さんの趣味ならと思ったけど」

鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌のジンが、俺の腕掴んだまま片手で器用且つ素早く着ている服のボタンを外していく。
まさか全部脱ぎ出すんじゃねーかと一瞬ひやっとしたが、上着代わりのような外套代わりのような、そんなゴテゴテしい羽織だけ脱ぎ、ぺっとその辺に放り捨てる。
雑だな、オイ。捨てる気か。
入手するのにいくらしたんだよ、それ。

「おいおい…」
「この方が、」

上着を脱ぎ捨てると、下は襟詰めの袖無しと二の腕辺りからの取り外し式袖の組み合わせになっていた。
きつげな黒いベルトが仰々しいが、肩が丸出しで少し寒そうだ。
見え隠れする鎖骨の半分を含め、白い肩に指を添えてジンが不敵に微笑む。

「僕らしい…よね!」
「…」

無邪気とは絶対例えられない笑顔に閉口した。
どーして…どーしてこいつはこぉ…何つーかこお……。

「うっせえ!引っ付いてんじゃねえ。ウゼェんだよ!」

間を置いてべっし!とその頭を叩いてやると、叩いた分だけ酷い酷いとくっついてきやがり、途中から叩くこと自体を止めた。

…さっきの上着着ていた方がひょっとしたら良かったんじゃなかろーかと思ったのは、やっぱ上階と比べると偏りまくっててろくな服がない別路地の服屋に入った時だった。



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GGのカイちゃんは友情出演。
ジン君とカイちゃんの美人コンビが何気に好きです。
合作出ればいいのに。
2013.5.17





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