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「いい加減…っに、」
「…!」

戦闘にも疲れてきた。
本っっっっ当にしつけェジンに追われ、手っ取り早くまこうかと思ったが、あの野郎思わずして足が速いし反応もいい。
そんなら何とかあの物騒な刀をジンから一時的にでも引きはがせないかと、手元狙いを続けてある程度加減してきたが、もういい加減マジで疲れた。
元々考えて戦うのは柄じゃねえ。
苛々が募って、舌打ちしてからジンの右肩を左手で鷲掴むと、刀を振り下ろそうとしていたジンの関節が掌の中で軋んだのが分かった。
続け様、ずっと持ってた大剣をすぐそこに勢いよく立てかけてから、空いた右手でも同じように相手の肩を掴む。
それから、

「しやがれ!馬鹿野郎!!」
「ッ…!」

両腕を手前に引くと同時に情け容赦なく腹部に膝を打ち込んだ。
どぐっ、と鈍い音が掴んだジンの内部に広がり、俺の手にまで伝わる。
細い身体をくの字に折ったジンが倒れかけ、反射的に抱き留めた。
すぐさま緩んだその手から刀を叩き落とし、片足で遠くへ蹴り飛ばす。
真っ青な顔の中で、濁っていたジンの目が一瞬戻ってきた気がして、抱き留めたままほっと安堵する。
取り敢えず終わりだ。たぶん。
…はあ。疲れた。

「に…いさ……」
「この馬鹿! …いーから寝てろ、ほら」

叱りつけると、すぐにジンの全身から完全に力が抜け、突然重みが増す。
…どうやら気絶したらしい。
ぐったりともたれかかるジンの身体を支えたまま身体を屈め、肩に担ぐ。
相変わらず見た目通りに軽い。
所有者が気を失ったことで、遠くに蹴り飛ばした刀は溶けるように地面へと消えていった。

「あぁ~…ったく。…何度目だ畜生」

ジンを抱えたまま、たらたら歩き出す。
あちこちの斬り傷がすげー痛え。
会う度会う度死闘で嫌になる。
お互い戦いたいワケじゃないはずだが、どうしてこうなるのか…。
この間会った時も、ジンに刀を捨てろと言っても聞かなかった。
俺に素直に会いたいって追ってくるのはいいとして、だ。
俺を追う為にあの魔導書使ってるってんなら、俺に会う時は毎回毎回狂ってるってことじゃねーか。
勘弁してくれ…。

「はあ…。何処かでこいつ捨ててかねーと…」

右肩に担いでぐったりしているジンの背中をぽんぽんと軽く叩く。
ゴミ捨て場に捨てたくもあるが、流石に実際にやったら怒りそうだ。
それに、治安が悪い場所に捨てるのも危ねぇしな。
なるべくいい人が見つけてくれて、すぐ帰れそうな場所ってーとどの辺りだ…?

「つっても…。追い返した所でまた来やがるしな…」

イタチごっこが終わらねえ。
何処かでケリを付けないことには、たぶんジンは死ぬまで俺を探して追いかけてくるのだろう。
何とかならないものか。
何処か、牢屋に閉じこめておくとか。
…。

「…牢屋、か」

牢屋という単語が浮かんだ瞬間、ちらりと思い至ることがあった。
まさか個人的に牢を持ってるなんてことはないが、拘束するくらいならできるんじゃないだろうか。



拘束の鍵はない




「……ん…」

ベッドに仰向けに横たわってぼーっとしてると、小さなうめき声が聞こえてきて身体の向きを横向きへ変えた。
狭い部屋だ。
一人用のベッドとテーブルセット以外は小さなクローゼットくらいしかない。
そのクローゼット前に座り込んで背を凭れていたジンが、やっと目を覚ましたらしい。
そんなに深く入れたつもりはなかったが、かれこれ三十分くらい経つ気がする。
永眠にならなくて良かった。
俯いてへたり込んでいたジンが、垂れる横髪と前髪の内側で、細く目を開けるのが見えた。

「…」
「…おう。平気か?」
「…!」

ぼんやりして見えたが、俺が声を掛けると、ジンはばっと勢いよく顔を上げた。
見開いた碧眼が確実に俺を捉える。

「兄さ……っわ!?」

すぐさま立ち上がろうとしたジンだが、中腰時点でバランスを崩し、そのままものの見事に横に転倒した。
ずべしゃと右側から転ぶ姿が間抜けで、思わずベッドの上で身を乗り出して吹き出す。
床に転んだジンが、少し頭を上げる。
顔の右頬を擦って少し赤くなっていた。

「ったぁ…」
「ははっ。ばーか」
「……手錠?」

ジンが背中に回っている自分の両手を肩越しに振り返り、拘束している物を確認する。
その通り。手錠だった。
この安宿を拠点にしてから暫く経つが、借りた当初からこれが引き出しに入っていた。
恐らく前の利用者が忘れたか何かしたんだろう。
銀色の、何だか妙に普通のよりもデザインがシンプルでいい感じの手錠で、こんなん何に使う予定だったんだと疑問を抱きつつそのまんま引き出しに入れっぱにしておいたが、ちょっと借りてもいいだろう。
鍵だって引き出しん中に入ってる。

「手だけじゃねぇぜ。足も見てみろよ」
「足って…」

俺の言葉にジンが自分の足を見下ろす。
手首のようにがっちり拘束しているワケじゃねえが、左足だけに輪っかがついていて、繋がっている短い鎖が俺の居るベッドの脚に繋がっていた。
左右の足まで拘束しちゃ流石に可哀想だからな。
…焦るかと思ったが、妙に冷静に現状を把握したジンは、沈黙の後に何とか膝を立てて倒れていた身を起こすと、その場に正座して俺を見上げた。

「…僕を監禁したの?」
「まーな」
「…」
「何度追い払ってもテメェは来やがるからな。…これじゃ、流石に刀は持てねえだろ?」

何せ刀型の魔導書だ。
召喚して目の前に現れても、持つことはできないだろう。
安全というわけだ。
あれだけ死闘を繰り返しておいて何だが、相手が安全だと分かると、同じ部屋にいても妙に気が楽でリラックスできる。

「分かるだろ、ジン。今は何もできねぇからな。ちょっと落ち着いて話そうぜ。…喉渇かねぇか? 何か飲むか」

ベッドから身を起こすと、立ち上がってぽんとその金髪の上に手を置いてから、小さい冷蔵庫の方へ向かう。
アルコールの他に炭酸水とただの水があった。

「炭酸ジュースと水どっちがいい? やっぱジュースか」
「…炭酸飲めない」

俺だったらこっちだなと、問いかけながら早々とジュースの方を手に取ったが、背後からそんな呟きが聞こえてきたので無言のままそっとジュースを中に戻し、戻したがやっぱりそっちも取りだして、次に水のボトルを取り出す。
日常あんま使わねえコップを軽く水で濯いで、その中に半分くらい注いでやった。
ジンの前に屈むと、ずいとコップを差し出してやる。

「ほらよ」
「…。飲めないよ」
「…ああ。そっか」

そりゃそうだな。両手縛られてんだから。
仕方なく距離を詰めて片腕伸ばし、口元にコップを持っていってやる。

「いきなり蹴り飛ばしとか無しだからな」
「さあ…。どうだろう」
「…」

不敵に微笑まれ、まあ冗談だとは思うが念には念を入れて、ジンの両膝に俺の片膝乗っけて押さえつつ飲ませてやることにする。
突然反撃に出るかと結構構えて飲ませてみたが、突然暴れたりとかそういうことはなく、目を伏せて差し出したコップから少量の水を飲んだ。
全部飲みきるかと思ったが、かなり残したタイミングで首を軽く振られ、傾けていたコップを直す。

「そんくらいでいいのか?」
「うん。今はもういい」
「ふーん。…んじゃ、ここ置いとくからな。また飲みたかったら言えよ。飲ませてやるから」

近くにあるテーブルの上にコップを置いて、俺はベッドへ腰掛けた。
両手を組んで上へ伸ばし、大きく伸びをするとついでに欠伸も出る。
まだ夕食には早い。
横になろうかどうしようか考えながらジュースの口を開けて飲んでいると、ジンが俺を見上げた。

「…ねえ。兄さん」
「んー?」
「僕を飼うの?」
「ぶっ…!!」

思わぬジンの発言に、ジュース飲んでた俺は吹いた。
霧状になって噴出される液体が空気中できらきら光るが、んなの見てる余裕はなく、気管に入ったジュースにげほごほ噎せた。
ある程度落ち着いてから、口元を手の甲で拭い、だんっ!と口を閉じたジュースのボトルをベッドヘッドへ置いた。

「てめ、馬鹿…!んなワケあるか!!」
「じゃあ殺すの?」
「あ? …うっせえな。殺すワケねーだろが。くだらねぇこと言ってっと殴んぞ」
「…捕まえて、殺しもせず捕虜として拘束しながら生かすのは、とても大変だと思うよ」
「……」
「殺さないのなら、食事とか排泄とか、どうする気?」

まるで他人事のようにジンが冷静に俺を諭す。
…考えてみたら、確かにそんな気もする。
例えば身代金誘拐とかであれば、金が手に入ったらという終了のリミットがある。
だが、今日俺がジンを拘束したのは取り敢えず落ち着かせる為であって、いつまでという期限がない。
今さっき水を飲ませてやったとおり、拘束するってことは本人には何もできないってことであって、全部俺の手間になるんじゃねぇか?
勿論、殺すなんて選択肢は無い。
…じゃあ解放するか?
いや。解放した途端にまた襲ってくる気もする。
じゃあこのままここに置くのか?
それは絶対に嫌だ。
断言しよう。絶対に嫌だ。
…。
…あ、やべぇ。俺って馬鹿かも。
どーすっかな…。

「…」
「…にぃーさん」

目を伏せ、片手で額を抑えて呻っていると、間延びしたジンの声がした。
場違いなその声にちらりと一瞥向けると、ベッドの端へ片頬を乗せたジンが俺を見上げていた。

「あんだよ。飼わねえよ」
「飼う飼わないはいいけど…。それより僕、泥だらけなんだけど」
「あ? …ああ、まあ。そうだな」

羽織だけ脱がせてぽいとそのまま今居る場所に置いた以上仕方がないが、ジンは多少汚れていた。
…そう言えば、俺自分だけさっさと顔洗って適当に拭いたが、ジンはそのままだったな。

「顔拭くか?」
「お願い」
「うし…。ちょっと待ってろ」

立ち上がっていつも顔拭いてるタオルを引っ張って軽く濡らし、畳まずに戻ってくる。
さっきと同じくジンの前に屈むと、左右の指でタオルの端を抓んで広げた。

「おらよ」
「…!」

そのままぺちっと顔面を覆う。
仮面の型を取るように顔の凹凸が布越しに出て、思わず笑った。

「はははっ。変な顔だな!」
「やめて!」
「へいへい、わぁーってるって。…ほら」

広げていたタオルを右手に持って、わしゃわしゃジンの顔を拭いてやる。
頬など汚れていた場所もきれいになり、もういいだろうと立ち上がりかけた俺の足を、ジンが片足で突いた。

「ねえ兄さん。服の中も汗かいて気持ち悪い」
「あれこれうっせえな…。後でバスタブにでもぶっこんでやるから待ってろ。取り敢えず首辺り拭いときゃそんなの…」

ぐいとジンの襟を人差し指で引っ張ってみるが、思ったよりもそれは伸びなかった。
戦闘用の特殊な布地なのだろう。
前々から変な服だとは思っていた。

「んだこれ。伸びねぇな」
「伸びないよ。手順を踏まないと脱げないし。…まず帯外さなきゃ」
「帯? …ああ。このベルトみてぇのか」

着物に似ている服の黒いベルトのボタンを外してやる。
下の白い生地は普通に着物と同じもんだった。
肘辺りまで引っ張り下ろしてやる。

「で?」
「横に留め具があるから」
「留め具?どこ?」
「左脇の下から腰まで」
「…んー?」
「見つけにくいかもね。触らないと」

妙に得意気なジンの声色に教えられるまま、右手でジンの脇腹辺りを触ってみると、確かに見ただけじゃ分からないが、ボタンらしき凹凸がいくつかあった。
無造作に引っ張ると一つが音を立てて外れる。

「ああ。ここか」
「そうそう。全部外せる?」
「全部って、取りゃいいんだろ? 簡……」

簡単じゃねーか、と。
言い切る前に気付けて良かった。

「…ッ!!」
「っと」
「うお…!?」

状況に気付いて慌てて立ち上がろうとした俺の身体を、ベッドに寄りかかっていたジンが両足で強く挟んだ。
器用な奴だな畜生!

「ちょ…ジン!止めろ!離せ馬鹿…!」
「駄目。このまま脱がせて兄さんが僕をキレイにしてよ。ね?」
「誰が脱がせるかぁああああっ!!」
「…!」

囁くような近距離での声に悪寒が走る。
全力で脱出しようと、片手でジンの頭を鷲掴むと、ジンの奴もぐっと足に力を入れた。
腕力で頭を無理矢理押し下げながら力尽くでいこうとしたが、なかなか離す様子はない。
かなり俺も力入れてるから相当痛いはずなのにだ。

「っ…」

ぐぐぐ…と押し下げる腕が次第にジンの身体を沈めていき、半ば仰向けに寝そべるくらいにベッドの傍に沈む。
その苦しげな表情に怒鳴りつけた。

「っの…!離せジン!テメェキメェんだよ!!」
「やだ!!」
「…!」
「僕の身体も拭いて!」

声を張ると、それと同じくらいの声量で否定が返ってきてちょっと驚いた。
昼と同じく、本気で殴って気絶でもさせようかと振りかぶっていた右腕を反射的に止める。

「サヤみたいに着替えさせてもらったりご飯食べさせてもらったりして、兄さんと一緒にいるんだから!ずっと思ってたんだから!!今言わないと、また全然会えなくて、一生やってもらえないかもしれないじゃないか!」
「…」
「僕だって!僕だって…!!」
「…!」

気丈な弟が、今にも泣きそうな顔で哀願するのを見て、上げていた腕が完全に下りる。
気付けばジンを組み敷くような格好になってはいたが、俺の腕から力が抜けたことに気付いたジンが、拘束されたまま上半身を起こして飛び込むように俺へ身を寄せてきた。
ぶつかるように胸に額が当たる。
…どうしてこんなになっちまったのか、その原因は間違ってもこいつ自身じゃないと思うのは、やっぱり俺が甘いんだろーか。
昔からそうだが、"ここだ"というポイントで突け離さないから、たぶん駄目なんだろう。
そうは言うが、突け離せるものと離せないものがあるだろう。
…。
間を置いて、俺は顎を上げ、天井を見ながらため息を吐いた。
諦めの吐息だ。

「はあ…。……あぁ…もー。…ったく!」

悪態吐きながら、ジンの両肩を持って胸元から引き剥がす。

「わぁーった。わぁーったよ…。好きにすりゃいいだろ」
「…! 本当!?」
「ただし、一回だけだ。一回だけだからな! あと、拭いてやるのは上だけだからな!」
「やだ!全部! 一緒にシャワー浴びようよ」
「ふ ざ け ん な!」

了承したとたん、ころっと表情を変えてジンがもう一度飛びついてくる。
俺の身体を挟む両足が擦り寄ってくるんで、べりっと大股開かせて左右へ引き剥がすと、ガキのようにくすくす笑ってはしゃいでいる。
…ああ、駄目だ。
また騙された気がする…。
コイツの場合、本心なのか演技なのかの境界があやふやだから狡猾だよな…っとによー。
駄目だな、俺。優しすぎて。
誰か俺にそっとやちょっとじゃ絆されない凍て付いた心をくれ。

「んじゃほら…。脱がしてやっから大人しくしてろ」
「あ、待って兄さん。その前に僕そろそろトイレに行きたいんだけど、手枷外してくれない?」
「…」

さて…どうだこれは。
罠か素なのか…。
すげー嘘っぽい気がするんだが…。
眉を寄せて口を噤む俺へ、ジンは不思議そうに小首を傾げた。

「もしかしてこのままがいいの? それでも僕は別に…兄さんがウロラグニーなら口にしてあげるけど」
「誰が嗜尿狂だ!!!」

口にして突っ込むだけで一気に胸焼けがして気持ち悪くなった。
…おえぇ。
気色悪ィ。
そういうことを平気で言うジンが信じらんねえ。
今もさらりとした顔で、そう?と瞬いている。
…何かもう、兄ちゃんは本当にお前の成長に責任を感じるよ。
絶対テルミの奴ぶっ殺して、お前の人生の仇取ってやるからな…。

「…何か今兄さん失礼なこと思わなかった?」
「いや…。別に」
「何で泣きそうなの」
「いや、ほんと別に…。…ちょっと待ってろ。取ってやるよ」

ジンの肩を軽く叩いて立ち上がり、鍵を取りに行く。
引き出しの中から鍵を取りだして、ジンの背後へ屈み込む。
手首に手を添えて、鍵穴に鍵を差し込み回すと、カチリと小さな音がした。

「ほら。取……っれっ!?」

手元見てた顔を上げた直後、がばっと真正面からタックルくらって声が上擦る。
気付いた時には背後のベッドへ仰向けに落とされていた。
当然、真正面にべったりくっついたジンが、これ以上ないくらい満面な笑みで俺の顔の左右に肘から先を置いて一緒に倒れ込んでいる…と言うか、完っ全に全身で押し倒しやがった。
情けないが、涙目で俺は叫いた。

「この嘘つき野郎…!!テメェ閻魔様に舌引き抜かれっかんな!地獄行きだ地獄行き!」
「嘘じゃないよ。本当に飲ませてあげてもいいんだよ?」
「ちっげーよ馬鹿!その前だ、前!! 便所行け便……っめろ!」

叫いてる途中からキスしようと寄ってくる顔をめちゃくちゃに避けるが、結局捕まって舌根を痛いくらい引っ張られる。
長いキスが終わる頃には反撃する力もなく、俺はぐったりとシーツに顔を倒していた。
死ぬ…。
精神的に死ぬ。
そんな俺の肩を、容赦なくぺちぺちとジンが叩く。

「はい、兄さん。脱がせて!」
「…。んじゃー上から退けよ…」
「このままでも脱がせられるよ」
「…」

まあ、そりゃそーだが…。

「…もうボタン半分外れてんだから自分で脱げんだろ」
「脱がせて欲しいって言ったでしょ。その後身体拭くんだからね」
「…。…なあジン。いい加減にしてくれ…」

本当に、心底疲れ果て、俺は片手で顔を覆って息を吐いた。
急にガチ入った俺の言動に、ジンのハイテンションが急速に鎮まる。
一瞬、うっかり出た本音にまた激怒を呼び起こすかと焦ったが、今周囲に漂うものは悲哀だった。
…顔を覆っていた俺の手を、そっとジンが掴んで退かす。
垣根にしていた掌が退くと、本当に間近にジンの悲痛そうに揺れる顔があった。
真っ直ぐに俺を見るその目には、俺自身の顔が映っている。

「…。兄さんは僕が嫌い?」
「…」
「可愛くない…?」

小さな声で呟きながら、指の先で俺の髪を撫でる。
…ここで、こういう所が嫌いだと、はっきり伝えるべきなんだろう。
だが、決してジン自体が嫌いな訳じゃない。
後ろを追いかけてくるのも、それ自体は嫌いなわけじゃない。
そして、こういうところが嫌いだとか、こういうところが好きだとか、そんなことを並べて伝えられるほど、今はもう、俺たちは互いを殆ど知らない。
…本当は、馬鹿な俺でもある程度は分かっている。
どう接して良いか分からず距離を置こうとする俺と比べると、変わらず傍にいたい、今の俺を知りたいと全力で駆け寄ってくるコイツの方が、よっぽど勇敢だということは。

「嫌いなわけねえだろ…」
「…」

傍にある頭を撫で返すと、ジンはそのまま頭を俺の上へ伏せた。
体温が直で伝わる。
雑でぼろい天井が、あの頃の教会の天井の木目に見えた。

「…兄さんの傍にいたいんだよ」
「知ってるよ」
「置いてかないでほしいんだ…」
「危ねぇから追ってきて欲しくねぇんだよ、俺は」
「…僕、もっと強くなるよ。今度は僕が兄さんを守るから…」
「…」

俺の片腕を撫でながら、静かにジンが誓う。
そうして、またこいつはあの刀を使うんだろう。
イタチごっこ。
堂々巡り水掛け論。
これが分かっていて、ジンにあの刀を渡したというのなら、サヤはもう身内を売ることすら厭わない程に堕ちたということになる。
…不意にジンが、僅かに顔を上げて、寝そべる俺を見詰めた。

「…脱がせて」
「…」
「兄さんがきれいにして」

脅迫のような、それでいて沈痛な、試すような哀願だった。
言ってる言葉は同じなのに、それまでの言葉とは全然違う、覚悟めいたものが切々と伝わる。
…いつものようなため息は流石に吐けなかった。
ジンの頭を両手で抱いて、額へおやすみの挨拶のようなキスをしてから、両手を下に下げる。
残りのボタンを取って袖から腕を引き抜いてやった後で、身を起こして弱々しく細い肢体を拭いてやった。

 

奴が望むとおり飯も食わせて一緒に寝てやったが、朝起きたらいなかった。
確実に傷付けた。
最後のあそこで拒んだ俺が悪いというのか。
そんなはず無い。
…それなのに、胸にずっしり重みが増す。

「…」

朝起きてまだ床に転がっていた銀の手枷と足枷が、まるで俺を責め立てるように鈍く光っていた。



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ジン君の枕カバー見たことありますか?
半脱ぎのあの、対象客は男ですか?女ですか?っていうあの抱き枕を。
面倒臭そうな軍羽織の脱がせ方があれで分かりました(笑)
2013.5.29





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