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普通町中歩いていても案外気付かれねぇもんだが、つい先日、珍しく俺が賞金首であることを察した通行人によって、タウン一角で騒動になった。
面倒臭いだけで軽い追跡を適度にあしらったはいいものの、あと一週間二週間はあんまり人が多い場所に行かない方がいいだろうということで、ここのところは森が近い廃墟を見つけてのんびりを決め込んでいた。
勿論ベッドやらシャワーやらがあればそれに越したことはないが、雨風がしのげてある程度まともな飯が食えれば文句はない。
そのまともな飯というやつは、勝手に付いてきてるジンが旅に加わってからというもの、その殆どが"まともな飯"であって、俺の趣味だったはずの料理は最近奴に取られまくっている。
…まあ、旨けりゃそれでいいんだ。
夜も静かでなかなか良かった。

「兄さん。一緒に寝ない?」
「ウゼェ」

まとわりつくジンをぺっと払って退かして、いつものように離れて眠って…。
静かな夜で、気に入っていた。


Have a Good Dream




「う、ぁぁあぁああああああアあアアアッ――!!」
「…!?」

不意に響き渡る悲鳴に心臓が跳ね上がり、文字通り飛び起きた。
毛布片手で払って反射的に傍に立てかけてあった大剣の取っ手を掴んで、瞬時に取り敢えず今晩の寝床と決めた廃墟の出入り口の方向けて戦闘態勢を取ったが、肝心の相手はというと影も形もない。

「…あ?」

武器構えたまんま馬鹿みてぇな自分に眉を寄せた直後、ガタンッ!と大きな物音が近くでした。
一瞬緩んでた気を引き締めて自分の斜め背後を振り返ると、その辺りで寝ていたジンの足が近くのドラム缶をけっ飛ばした音だった。
随分寝相の悪い奴だと思いかけるその前に、異変を察して構えていた剣を下ろす…というか、その辺にぶっ刺して置く。
目は伏せているが、寝てるジンの額に脂汗が浮き出て、両手で耳を覆うように体をくの字に曲げて苦しげに呻いてた。
時折咳き込んだかと思うと、過呼吸のように異様な呼吸を繰り返す。
ガチガチと鳴っている金属音のようなものが歯ぎしりであることにはそん時は気付けなかった。

「く…っ、ぐ…っあ」
「…おい? ジ…」
「っ、助けて…!!」
「…!」

大きく口を開け、ジンが声を振り絞る。
寝言とは思えない大声に驚いて、俺は愕然と目の前で寝てる奴を凝視した。
明らかに異常な寝相で、横たわったまま蹲り、がくがくと肩が震え出す。
それを見て漸く体が動き、寝そべってる奴の傍に屈み込む。

「ジン…? どした?」
「い、やだ…!や…やだっやだ!いやだあああっ!!」
「ジン、おい。落ち着…」
「兄さん…!兄さん助けて!兄さん!!サヤ! 助けて!助けて!! 恐い、怖い、こわいよ!!こわ……はっ…ァ…かはっ」

急に寝返りを打って仰向いたかと思うと、まるで見えない誰かに殴られたかのように細い体を痙攣させる。
見ているこっちが青くなり、ジンを起こそうと肩を揺すったがなかなか起きない。

「は、ァ…ッ、あ…やっ…」
「おい? …おい、ジン!」
「う…あ、ああ…! ッうアあああああああッ!!」
「…!」

寝言なんてもんじゃなく、完全な悲鳴。
こりゃやばいと本能が思ったのか、自分でも気付かないうちに左手の指をジンの口ん中突っ込み、右手を上げ、パンッ!と寝ているジンの頬を打った。
乾いた音が廃墟に響いたと同時に、それまでの悲鳴が嘘のように場が静まりかえる。
打った瞬間に双眸は見開いたものの…。
数秒間の間を置いて、俺が口ん中の指と頬ぶっ叩いた腕をゆっくり下げた頃に、ジンが胸と肩で荒く呼吸しながら、ゆっくりと眼球を動かして見下ろしている俺を見た。
汗は額だけでなく、全身もだった。
ちょっとぎょっとする量の汗が割れた窓ガラスから差し込む月光に、ちらちらと光る。
首筋で汗が一滴横に流れていった。
細い肩を掴んで、多少強引に横向きに折れてた体を仰向かせる。
濡れて張り付く前髪の間から、焦点の定まっていなかった碧眼が自分を見たのを確認してから、そっと声をかけてみた。

「…おい。ジン」
「……」
「大丈夫か? …舌噛んでねぇだろうな」
「…。兄さん…?」

ふっと双眸に正気が灯る。
呆け気味のその顔にほっとして、俺は息を吐いた。
肩に添えていた両手を離し、その場にどさりと腰を置いてから後ろ頭を適当に掻いた。
…目の前でジンが床に右肘付いて僅かに身を起こす。
片手で顔を一度覆ってから、顔を上げた。

「どうしたの…?」
「馬鹿か。そりゃこっちの台詞だっつーの」
「何かあった? …誰か来たの?」
「…」

俺と同じく傍に置いて寝てる剣の柄に手を掛けて当たりを探るように双眸を細めるが、そんなもんはいない。
いつも通りの反応に戻った所で、俺は顎を上げて天を仰ぎ、はあっと息を吐いた。
俺の上向いたため息に、ジンが首を傾げる。

「何でもねーよ…。やすみー」

不思議そうな顔してるジンがいつも通りになったのを見届けてから、俺はどっこらしょと立ち上がり、元いた場所へ離れて戻った。
いつの間にかぐちゃぐちゃになっていた毛布を広げ直し、体の上にかける。
ジンの方に背を向けて片腕を枕にし、横たわって目を伏せる。
…。
…何か、胸が重い。
こいつが教会から攫われた後の話を俺は詳しく知らないし聞いたこともない。
いつか聞かなきゃいけないとは思っているが、まだタイミングが掴めない。
それでも、今さっきのようにちょろちょろと日常に見え隠れするキツそうな古傷は、俺に罪悪感を与えると同時に復讐心を掻き立てた。
明確ではあるが今は何処にいるか分かんねえ相手に向けて舌打ちしてから、一度少し目を開けてもう一度伏せた。
…止め止め。
嫌なこといくら考えてたって、することは決まってんだから不毛だ。
とっとと寝て休んで、目ぇ覚めたらさっさかテルミ探してぶっ倒しゃいいだけだ。
明日はいつもより早く起きっか…。
僅かに身動ぎして横を向く。
毛布を口元まで掛け、寝る体勢に入ったところで……。
不意に、上にしてる方の頬がひやっとした。
温度差に思わずびくっと身を強張らせて目を開けると、冷えた素手が撫でていた。
いつの間にやら、物音一つ立てずにジンが傍に来ていたらしい。
いっそホラーだ。
横に腰を下ろし、やけに穏やかな笑顔で犬でも撫でるみたいに頬を上から下へ一定に撫でていく。
…嫌な予感がして半眼で睨み上げた。

「…起きちゃってごめんね。兄さん…」
「……あ?」

寝る時は開いてる俺の襟をさり気なく撫でる指先を、ずびしと弾きながら聞く。

「寝てる方が好きなの? …兄さんが好きならそれでもいいけど、でも、もし遠慮しているなら気にしないで。僕だったらいつでも起こしてくれていいんだよ。その方が兄さんも愉しいと思うし。…可愛く啼けると思うよ、僕」
「…ナ ン ノ ハ ナ シ デ ス カ」

甘ったるい声色に青筋立てて凍り付く。
血の気が引いていく音を感じている間に、がしっといきなり顔の両側を包み込まれた。
慌てて起こした上半身に、ジンが体を詰めてきやがって情けないが悲鳴を上げた。

「ばっ…!」
「兄さん…」
「テメ、馬鹿!止めろ!!気色悪……っぶ!!」

手首掴んで力任せで止めようと思ったが、何とか手首は掴んだものの、肝心の力を込める前に顔を詰められ口が合って目を瞑る。
下唇辿る舌が入ってくる前に、全力でその体を突き飛ばした。
倒れそうになったジンだが、後ろ手を着いて体を反らして安定しやがった。
そのままぶっ倒れりゃよかったものを。
…舌打ちしてから嘔吐感が喉を上り、片手を胸に添えて舌を出してから唇を腕で拭う。

「おえぇっ。…て、テメェ…この野郎…っ。何しやがる!」
「…兄さんキスは嫌い?」
「あったり前だ!嫌いに決まってんじゃねぇか!!何だと思ってんだ俺のこと!」
「そうなんだ。…変わってるんだね」

意外そうな顔をしてジンは少しの間目を伏せたが、やがてにこりと俺に笑いかけた。

「分かった。覚えておく」
「いやいやいやいや。ちょっと待て。ちょっと待て、ジン。お座り」
「なあに?」

びしりと俺が指差した場所に、ジンが四つ足で移動して襟と袖を正してから正座する。
両手を膝の上に軽く拳で乗せ、小首を傾げた。
俺も脱力しつつ毛布を床に叩き落とす要領でぶん投げ、胡座をかく。

「あのな…。変な勘違いされちゃ困るから言うがな…俺がさっきお前の傍にいたのは、お前が魘されてたから心配しただけだ。別に何がどーとか、何だ、その…お前をどーしよーとか…だな。そーゆー変態がましい気は一切微塵もこれっぽいっちも俺には、無 い ん だ!」

きっぱり断言し、両手で真正面に"×"をつくって見せる。
俺の全力の主張を受け流し、ジンは碧眼を瞬かせた。

「魘されていた? 僕が?」
「ああ。すげー苦しそうだった。何事かと思ったんだよ、俺は」
「…。ああ…そう。…ごめん。時々あるらしいんだよね。…僕は気にしていないけど、そう言えば、主治医が悪夢障害だとかほざいていたな」

不意にジンの声のトーンが下がった。
頬に張り付く髪に気付いて、少し長めのサイドを耳に掛ける。
…もしかして、見た夢の一部を覚えているのかもしれない。
とんでもねー変態で思わず手荒に扱っちまったが、何か悪い夢を見ていたのなら、ここが聞き時かもしれない。
こほんと咳を一つしてから、俺はそれとなく口を開いた。

「…あー。何だ。何つーか…。悪い夢でも見たのか…?」

伺うような俺の態度に、軽く俯いた顔も声のトーンもすぐに浮く。
軽く首を振ると、折角耳に掛けた髪がまた元通りに落ちて揺れた。

「ううん。大丈夫。…兄さんが傍にいてくれるんだもの。悪い夢なんか見ないよ。見ても何とも思わないし」
「ジン…」
「…心配してくれた?」

バツつくってた俺の両手の真ん中に、ジンが右手を重ねる。
…こいつの体温はやけに冷たい。
ひやりと冷気が掌に乗った。
折角つくった拒否が、それとなく下へ下へ下げられていく。

「兄さんが傍にいてくれるなら、平気…。何も怖くないよ」
「…。そーかそーか。そんならいーんだ」

下ろした俺の手を軸にするように、ずいとジンが腰を浮かせて前へ出てくる都度、身を後ろへ引く。
いつの間にか胡座かいた膝の上に白い手が置かれていたことに気づき、じんわり冷や汗が出てきた。
その手首も取って掴み、×握ってた方の手も合わせて、ジンの膝の上にしっかりと返して置いてやった。

「おやすみ、ジン。…起こして悪かったな。ちゃんと寝ろよ?」
「今夜はだめ?」
「駄目。毎晩駄目」

何度拒否ったら気が済むんだ。
…つか、何がだめなんだ、何が。
段々顔が強張ってきたぞ。
俺の拒否に、ジンは珍しく膨れ面ではなく苦笑した。
少し違和感を持った。

「そう…。残念。…でも分かった。今日はいい子でいてあげる。おやすみなさい」
「ん? …ああ」
「…起こしてくれてありがとう」

ぽつりと付け足すように柔らかい笑顔で呟いてから、ジンが立ち上がる。
その瞬間からは妙に冷めた表情になっていて、思わず視線で追っちまった。
背を向けてそのまま、さっき転がっていた、少し離れた場所へ向かっていくと、毛布を拾い上げて大きく広げた。
腰を下ろして、軽く首筋と顔の寝汗を拭き取ってからタオルを折り畳み、そのまま枕代わりの荷物を整えてからもう一度毛布の端を掌で広げ直す。
…。

「…なあ。ジン」
「…?」

思わず声を掛けた後、考えなしに馬鹿なことした自分を呪う。
俺の声に、やはりジンがどこか微妙にいつもより温度低めな顔で振り返り、横髪を耳に掛けた。

「何、兄さん」
「いや…。何つーか…その辺風通んじゃねぇか?」
「そう? そうでもないよ」
「もっとこっち来てろよ」

…などと俺が余計なことを言い放ちながら、そんな近くに来させるつもりは全くなかったってのに、自分の傍にあった荷物を退かしたのがたぶん悪かったのだろう。
何故か返事が返ってくるまで随分時間が空いたが、沈黙が怪しくなってきて違和感を持った頃、ジンが見るからにキラッキラした満面の笑みで荷物腕に抱えてすっ飛んできて押し倒され悲鳴を上げた。
空の廃墟にすっげー虚しく、且つ大々的に悲鳴が響いた。

 

 

「ちょっと待て!誰がひっつけっつった。離れろ…!」
「だって今夜は寒いよ。僕が温めてあげる」
「いらねえよ! わ、ば…っ、冷て!服ん中手ぇ入れんじゃねええッ!!」

ぎゃいぎゃいと問答し、首に両腕回してくっついてくるジンを押し返そうとしたが、いつもは大体素直に離れるが、どうやらここは譲る気がないらしい。
かなり抵抗されたが終いにゃ俺も本気で腕に力を込めてどーにかこーにか引き剥がした。
ぜーはー言いながら、一般的にゃ程よい且つ俺的には不安が残る微妙な近さで並んで寝ることになった。
…流石に密着されんのは身の危険を感じるが、こんくらいなら何とか。
くっついてなくても隣で人が寝てるってだけで、一人で寝るよりもほんのり温かい気がする。

「明日の朝までに俺んとこ入って来たらぶっ叩くからな」
「だめ?」
「絶対駄目」
「…じゃあ、手を繋いでよ」
「あー?」
「おねがい」

両手を頭の後ろで組んで仰向けになってる俺と違い、こっち側向いて横になってるジンが、毛布の間から白い右手を伸ばす。
日中している滑り止め兼ねてた手袋はなく細い素手は寒そうで、無視しようかと思ったがそれもできず、気紛れに舌打ちするとパンとその手を右手で掴むとそのまま俺の毛布の端に引き入れた。
…入れてないと俺まで寒いからな。

「…お前体温低いんだな。冷え性じゃねぇの?」
「うん…。そうかも。…温めて」
「…!」

掴んでいた手の外側から、もう一方の冷えた手が添えられ、甘ったるい声色と合わせてぎくりと身が攣った。
まさかまた突っ込んで来るかと思ってばっと勢いよく天井向けてた顔を横へ向ける。
抱きついてきたら速攻首んとこに手刀でも入れてやろうかと思ったが、隣で寝転がってるジンは既に双眸を閉じていた。
柔らかそうな金髪が頬にいくつかかかっている。
呆れるほど睫が長く、目の下に影が落ちていたりする。
すっかり寝る体勢に入ってるらしいジンに安心して、俺は短くひと息吐いた。
ちょっと浮かせていた背から力を抜いて、俺も敷き布の上へ落ちる。

「…頬、大丈夫か?」
「…? 何が?」
「さっき起こす時ぶっ叩いたからよ。…悪かったな」

今更手短に謝ってやると、ジンは少し双眸を開いて俺を見ると首を振った。
この距離だと、さらさらと荷物の上を髪が滑る音が聞こえた。

「気にしないで。…お陰で途中で起きられたもの、僕。兄さんが助けてくれたんだ」
「…」
「ありがとう、兄さん。…今度は絶対大丈夫だよ。兄さんが傍にいてくれるから」

もしかしてもうかなり眠いのか、ジンはそのままうとうととすぐにまた目を伏せた。
握ったはずが、いつの間にか内と外から包むように右手が握られている。
冷たい手に微かだが力が入った気がした。

「兄さん、温かいね…」
「…」
「おやすみなさい…」

入った僅かな力がふわりと緩み、そのまま握られていた俺の手からジンの両手が少し浮いては離れた。
横目でジンの方を一瞥すると、この短時間で本当に寝始めたのなら驚きだが、荷物枕に片頬を寄せて大人しく眠っていた。
細い寝息が聞こえてくる。
…間を置いて、毛布の中もぞもぞ動いて横向きに向かい合うと、握ってない方の左手を毛布から向かいに伸ばした。
撫でた髪は実に柔い。
こーやって大人しくしてりゃぁな…などと思うと、苦笑よりもため息が出た。

「…いい夢見ろよ」

呟いて、横髪を上から撫でながら毛先と離れて手を引く。
毛布の中で再度仰向けに返ると、力なく添えられていたジンの両手から一度離れ、両手纏めて上から握り直し、左手だけを頭の下に置いて俺も目を伏せた。



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ジン君が悪夢障害とかだったら萌える。
あの子はなかなかに可哀想な…というか、あの兄弟は悲惨な運命にあるので。
でもいつかきっと幸せになれるはず…!
2013.6.18





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