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気絶をしていた。
やっと逢えた兄さんを追いかけて追いかけて、追い払われて、でも追いかけて。
どうしても僕を追い払おうとするから足を止めようとしただけなのに、強烈に打ち据えられて、そのまま暗転。
だから何が起こったのかよく分からなかったけど…。
目が覚めて、ぼろぼろの体を引き摺って、それでも必死に追いかけて奥へ向かうと…。
やがて奥で兄さんを見つけた。

まだ距離があるが、その光景に思わず足を止める。
離れた場所で、同じく少し汚れた兄さんと少尉が、手を取り合っていた。
何か少し話をしていた。
兄さんが苦笑気味に笑っていて、少尉が鈍くさく慌てていて、不意に兄さんが少尉から離れたかと思うと、その辺りに落ちていた帽子を拾い上げる。
右手を上げて少尉の髪を撫でてから丁寧に帽子をかぶせてやっていた。
唖然としてしまった。
ぽっかりと穴が胸に空いた。

「……」

嗚呼、その後全身を駆け巡った熱く黒い衝撃。
かっと血が沸騰した。
僕が一体何年間、どれだけ兄さんを恋しがってきたか、どれだけ寂しかったか、兄さんはまるで分かってない。
まず僕に微笑むべきなのに。
酷すぎる。
さっき僕に逢った時だって、追いかけた時だって、全然…、全然…!

「…! ジン…」
「少佐…! ぁ…よ、よかった…っ。ご無事ですか…!?」
「……」

愕然と立ちつくす僕に気づき、兄さんが僕の名を呼ぶ。
その片腕でしっかりと隣を歩く少尉を支えていた。
彼女が兄さんに次いで何か言ったが、聞こえなかった。
聞く必要もない。

「…。……僕には笑わなかった」
「…あ?」
「僕の髪は撫でなかった」
「…キサラギ少佐?」
「…? 何言ってんだ、テメェ。…大丈夫か?」

唇が紡いだ言葉に対して、兄さんが顔を険しくして眉を寄せた。
その顔を見た瞬間――。

ぷつんと、頭の真ん中の方で配線を切るような音がした。

 

 

「ユキアネサぁああっ!!」

喉で吠えた瞬間、具現化をしていなかったユキアネサが地中から氷を纏って召喚される。
僕を中心に風神が舞った。
眼前に突き立っているユキアネサが光り輝き、鋭い音を立てて四方八方の地面に氷を奔らせた。
少尉が悲鳴を上げる。
五月蠅い奴だ。
地上に広く咲く氷の花弁の中央に立つ僕の意思を増幅させ、次いで氷柱が地上から連なって突き上がる。
状況を察し、慌ててその場を離れようとする兄さんが少尉の腕を掴んで走り出し、それがまた血を滾らせた。
思わず片腕を振るって逃げ出す二人に向かって愛刀へ命じる。
大気中の魔素を喰らい、捕らえ、有無を言わさずに従えてユキアネサにより一挙に僕の刃となる。

「逃がすな!捕らえろ! 捕らえろ!!」

僕の声に呼応して、兄さんの行く手を氷柱が塞いだ。
即座に次のルートを探す兄さんが目を付けた行く先に反応するように、次々と氷柱が音を立てて立つ。
少尉を庇いながら走る兄さんの姿に涙が出そうになった。
いつもそうだ。
いつも僕じゃない。
僕だって構って欲しかったのに、いつも他の人だ。
それでも嫌われたくなくて必死でいい子でいようとしてるのに、兄さんは僕の努力を少しも分かってくれない。
評価してくれない。
褒めてくれない。撫でてくれない。
愛してくれない。
いつも僕じゃない。
女じゃないから、兄弟だから。
血縁よりも何処の馬の骨とも知らぬ他人を愛する方が一般的だなんて、この世は既にどうかしている。
今は少尉が邪魔だ。
少尉が、少尉が、少尉が!
兄さんを誑かす障害。
妹と酷似している容姿が殊更僕の愛憎と嫉妬を広げる。
妹はそれなりに好きだったが、あれは他人だ。
他人に決まっている。他人でなければならない。
僕は兄だから妹は大切にしなくちゃいけないし勿論それなりに可愛かったけど、でも他人はそう感じる必要すらない。
だから兄さんは絶対あげない。

「少尉、貴様は障害だ!このクズッ!邪魔をするのならば死ね!死んでしまえ!!兄さんに触るな!!」
「ぐ…ッ!」
「ラグナさん…!?」

氷柱に肩を擦られて傷ついた兄さんの名を少尉が甲高く呼ぶ。
無意識に舌打ちした。
傍に突き立ててあるユキアネサの柄を握り、氷から引き抜くとそのまま二人へ向かって駆け出す。
と同時に、僕を中心に背後から始まり左右へ円を描く氷柱の檻が、完成間近に二人の行く手をも阻んだ。

「っ、逃げろ…!!」
「きゃあ…!?」

行く手を封じようとする檻が完成するその前に、兄さんは少尉を突き飛ばし檻の外へ出した。
その最後の隙間を最後の氷柱が塞ぐと、あとは氷の壁を背景に兄さんと僕しかいない。
漸く邪魔者がいなくなった。
それを見て、ふっと体から無駄な力が抜けた気がした。
うれしい。
速度に乗ったまま、僕は柄を持つ手を強くして切っ先を向けた。
向かう先の兄さんが大剣を構える。
まだ距離があるのに、僕らは確かに見つめ合った。
戦っている時は兄さんの目は常に僕を見てくれる。
瞳の中には僕しかいない。
頭痛が酷いが、その一方でとても思考がスムーズだ。
歓喜をユキアネサが黒く染めていくのが分かる。
殺しましょう、独占しましょう、愛しましょうという女神の如き甘い囁きが脳内に繰り返されては染み込む。
…どうでもいい。
例え狂っていても、兄さんを手に入れられるなら、本当は何もかもどうでもいい。
願いや希望とは、突き詰めれば実にシンプルになる。

「兄さん!兄さん今殺してあげるからね…!!動いちゃ駄目だよ!?」
「…ッの、馬鹿!!」

振り下ろしたユキアネサを、兄さんの刃が防いだ。
キンッ、と澄んだ音が周囲の氷によって鈴の音のように薄く広く反響する。
振り抜いた腕そのままに踊るように半ステップし、次いで振り下ろす。
続け様に腕を振るう僕の刀を、兄さんは悉く弾いていく。
まるで遊んでくれているようで、とても嬉しい。
響く鈴の音の中、僕は思い切り戯れた。

「あっはははははっ!」
「…っ、く…そっ…たれ、がっ!」
「兄さん!そうだよ、よく見て!僕を見ててね!ほら、じゃないと斬っちゃうよ!?ちゃんと見て!僕だけを…!!」

顔が綻ぶ。
接近戦得意なはずなのに、きっと僕に遠慮してくれているんだ。
兄さん優しいから。
僕も、できるならこのままずっと遊んでいたい。
できるだけ長い時間。
でも駄目。残念だけど。
長い時間遊んでいたいけど……その腕。
…近距離での応戦から軽く後方に跳び、短い間に体勢を整えもう一度素早く足下を蹴って飛び込む。

「その腕! その腕は斬らなきゃ駄目だよ兄さん!!あんな女を掴んだ腕なんて…!」
「…!?」
「汚いからね!!」

決めの一振りをする時の無意識の癖で、短い呼吸を吐く。
左から右へ一振りして兄さんの剣を弾いた直後、瞬時に刀を回して柄を持ちかえ、今振るった方とは逆向きに一振り。
風が鋭い音をつくってくれた。
同時に、手応え。
軽い骨の切断音。
ちょっと遅れて液体が勢いよく噴出する音と、更に遅れて離れた場所に両腕が落ちる音。
更に更に遅れて、漸く兄さんが悲鳴を上げた。
耳鳴りの中で、それら全てが随分近くに聞こえた。
上から降る温かく赤い雨が僕の髪と頬を染める。

低い声がきれいなんだ。
…でも、誰にも聞かせてあげない。


暴走



腕を切り落としたことで、機構へは両腕だけ献上することにした。
兄さん自身も検査だとか調査だとかで何度か貸してあげたけど、やがて約束通り僕の元へ戻ってきた。
超法規的措置は当然だ。
死刑になんかさせる訳がない。
綺麗に処置をさせたので、両腕の肘から下がないけど、それ以外は至って健康だ。
キサラギ家の伝手がある教会の孤児院で、今日もきっと子供たちの相手をしているだろう。
手土産に庭に咲いていた桜の枝を少し切り、往き道に和菓子屋でちょっとしたお菓子を買おうと思ったけど、人数が人数なだけにそれなりの量になってしまった。

「ジンさん…。まあ。ようこそいらっしゃいました」
「兄がお世話になっています。…どうぞ。少ないですが皆さんで召しあがってください」

辿り着いた教会の牧師に花と菓子折を渡す。
子供たちがじゃれついてきたので、何人かの髪を撫でてやった。

「みなさん、お止めなさい。ジンさんはお兄様に会いにいらっしゃったのですから。邪魔をしてはいけませんよ」

牧師が指を立てて子供たちに諭す。
残念がる彼らと別れ、僕は孤児院と教会が隣接する建物の奥へ進んだ。
奥にある、個性なく並ぶドアたちの一つ。
その前に歩いていき、軽くノックする。

「兄さん。入るよ?」

返事がなかったけど、間を置いたからいいだろうと、ドアを開ける。
部屋は狭く質素だが、必要なものは揃っている。
窓際の椅子に座っている兄さんが、何だかやる気無く、入ってきた僕を見ていた。

「こんにちは」
「…」

兄さんがふいと顔を背ける。
僕は後ろ手にドアを閉めて、一度ドアへ寄りかかるとため息を吐いた。
それからすぐに背を浮かせてそっとドアノブへ触れる。
この建物の中のドアには全て鍵がないけど、指先で軽く触れてノブを凍らせた。
外套を脱いでハンガーに掛けてから、兄さんの傍に行く。
…さっきは挨拶してくれなかったから。
椅子に座る兄さんの正面に回り、少し屈むと右手で兄さんの顎を掴み、軽く持ち上げた。
やり直し。

「こんにちは。兄さん」
「…。よう」
「…逢いたかったよ」

兄さんの首に両腕をかけながら、その膝に横向きに座ると広い肩へもたれかかった。

「忙しくてごめんね。何か困っていることはない?」
「…ああ。平気だ。…みんな良くしてくれてる」
「そう。良かった。…今日は僕が兄さんの傍にいてあげるから、何でも言ってね。僕が兄さんの両手になってあげる」

もたれかかったまま、左手の指先で兄さんの服の襟の留め具を弾いて外していく。
服越しに兄さんの体温が移ってきて、そのまま微睡みたくなる。
休日はやっぱり兄さんと過ごすのが一番いい。
二人きりで。
横向きに座っていた腰を浮かせ、対峙して改めてその膝に座る。

「僕のこと見て」
「…」

ぽつりと甘えると、兄さんが顎を僅かに上げて膝に座る僕を見上げた。
背を伸ばし、碧眼の方の瞼へキスする。
その後で、肘までの右腕を軽く持ち上げて、兄さんの首に腕を回したまま袖を丁寧に折り上げる。
今は綺麗なその傷口へ、目を伏せて、頬を擦り寄せた。
音を立てて傷口にキスしてから目を開けると、瞼を閉じる前と変わらず僕を見詰めている兄さんのオッドアイと目が合う。
眉間に皺が寄っているけど、兄さんは今日もとてもいい子だ。
嬉しくて思わず笑いかける。

「いい子だね、兄さん…」
「ジン…。…なあ。いい加減に」
「駄目!口答えしたら怒るからね。僕こっちの目嫌いなんだから」

口をとがらせ、首に絡めていた両手を兄さんの肩へ置き直して、少し身を離して変わってしまった色の方の目瞼を撫でる。
例えばこちらが無くなっても、兄さんの格好良さは変わらない。
離れた僕へ兄さんが何か言いたげに一度唇を開いたが、すぐにまた閉じてしまった。
軽く俯く兄さんへ、俯かないでって僕が注意する前に、思い出したかのように兄さんが慌てて顔を上げる。
自分で気付いてくれたことが嬉しくて、僕は兄さんの頬と髪を両手で優しく撫でた。

「そのまま。反らさないで。…ずっと見ててね」
「…」

名残惜しいけど、一端兄さんから両手を離し、腕を交差させて着ている私服の裾を掴むと上へ捲り上げアウターを脱いだ。
片腕をしなやかに外へ伸ばし、持っていた指を開いて脱いだ服をぱさりと床へ落とす。
同じくインナーを脱ぐ前に、ちょっとだけ静電気で乱れた髪を手櫛で整える間も兄さんがちゃんと見ていてくれたから、嬉しくてもう一度腕を首へ絡めると唇を合わせた。
過去の注意を覚えたのか前みたいに顔を背けなくなったけど、それでも頑なに唇を閉ざす兄さんにちょっとむっとする。

「…口開けてよ。キスができない」
「ふひぇっ…!?」

真顔の兄さんの左頬を抓ってひっぱると、顔が崩れてとても可愛い声が出た。
思わず吹き出して笑う。

「ひゃへほぉおおっ、ひゃにふんはあっ!」
「あははははっ。兄さん可愛い…!伸びるんだねぇ」
「ふぃふぇえ!ふぃん…!ふぃふぇえっふぇ…!」
「痛い?痛いの? …もう。ほら、兄さん。泣き言ばかり言っていないで何で痛いことされているのかよく考えて。何の為に目と口を残してあげてると思ってるの?」
「っ…!」

頬を抓りながら、反対の手で兄さんの右首を勢いよく鷲掴む。
親指を喉仏に添えて少し力を込めると、兄さんが息を呑んだのがよく分かった。
このまま少し力を込めれば喉を潰せることが、兄さんにも解っているのだろう。
笑顔を引っ込めて告げる。

「僕を見て僕の為だけに啼け」

低く告げると場が凍った。
絶句して僕を凝視するその双眸と見つめ合う。
…間を置いてそっと微笑みかけ、少し赤くなった頬をごめんねの意を込めて優しく撫でながら素早く顔を詰めると、今度はすぐに舌を捕まえた。
殺生与奪も僕のもの。
そう思うとうずうずして、それだけで快感が背中を走って身体中が甘くなりそうだった。
熱く甘いうちに隅々まで食べて欲しい。

静かになった兄さんから唇と手を離し、インナーを、アウターとは反対側へ脱ぎ落とす。
室内とはいえ素肌ではやはり少し寒く、冷気が皮膚を撫でたけど…。

言い付け通りの視線に気付けばそうでもなかった。



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ラグジン。
ジン君はあのクールさと甘えたがりブラコンとヤンデレの三面性が堪りません。
美人だから余計に痛々しい。
2012.11.22





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