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ちょっと野暮用があって、夜の間中外出してた。
バサバサ…ッと羽音を立てて飛行速度を緩め、城の門前に降り立つ。
爪先が地面について力を抜くと、左右に開いていた青い翼はそのまま骨身を失い、いつもの通りただの布きれのマントに戻ると背中にふわりと遅れて垂れ落ちた。
いきなり玄関前に降りても勿論いいんだが、それはちょっと横着だからな。
こういうのは形が大事なんだ。
門を開けて玄関へ至るレンガで舗装された道を歩く途中、夜の薔薇園に白い影がぼんやり見え、思わず足を止める。
薔薇園は俺にとって大切な場所だ。
手塩に掛けて大切に育て上げた貯蔵庫でもある。他人に食い散らかされちゃ堪らない。
そこへの立入を許してやってるのは、今のところ一人だけだ。

「菊ー!」

少し声を張って読んでやると、夜薔薇の中で菊の真っ白な耳がぴこんっと揺れたのがよく分かった。
振り返って俺に気付くと、そのまま花の間から出てきて園の入口で足を止める。

「お帰りなさい、アーサーさん。遅かったですね」
「ああ、本当にな。朝日が昇っちまうんじゃないかってはらはらしてたぜ。…疲れたからこのまま寝るが、悪いが今晩にでもまた頼めるか?」
「ええ。分かりました」

何をと言う必要はもうないだろう。
菊の方も承知したようで、小さく頷くとおやすみなさいと声を掛けてくれた。
本当は疲れてるからこそもっと一緒にいたいが、仕方ない。
朝日が昇る前に地下に引っ込まなきゃ火傷する。
こういう時、昼も夜も変わらずに太陽や月にそこまで影響されず活動できる奴らが羨ましくなる。
…同意を得たのでそのまま城の玄関へ向かいかけ、一歩踏み出した所で、はたっと気付いてまた足を止めると薔薇園の中に戻ろうとしていた菊の方を振り返った。

「あ…なあ!」
「…?」
「た、ただいま…」

面と向かって言うのはまだ慣れない。
さっき言ってくれた“おかえり”に“ただいま”で返してなかったことに気付いて遅れて伝えると、菊は少し不思議そうにしてからやがて穏やかに微笑んだ。

「ええ。お帰りなさい。…お疲れでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」
「…」

尾を振って園に戻る後ろ姿を数秒間眺めて、その姿が垣根の向こうに消えてから改めてドアノブを引いた。
別に急ぐ必要もないが、マントの裾を広げて足早に階段を降りていく。
…何か駄目だな。
慣れないから挨拶とか、どうも照れ臭い。
しかも俺だけ慣れない感じが妙に悔しかったりする。
あいつだって今まで誰とも暮らしたことなかったって言ってたが、怪しいもんだ。
落ち着きまくってるし、俺だけが気を配ってる気がして納得いかない。
大体、考えたらまず俺の支配下に置けないってのがそもそも納得いかないんだ。
…まあ、今更餌にしようとかは全然思ってないからその辺はもういいんだが。
城内に他人を入れるなんて考えもしなかったが、いつでも好みの血を飲ませてくれるっていうならみすみす手放すのも惜しいのが正直なところだ。

「~♪」

鼻歌歌いながら上着を脱いでハットを取ってシャツを着替え、棺桶に潜り込んだ。
寝るの基本的に好きなはずなんだが、最近は不思議と早く起きたくて堪らない。
太陽なんて一生西の空に落ちてりゃいいんだ。
そうすりゃ世界はもっと美しいだろうし、地上は俺が支配できたろうし、あいつとももっ…。
…。

「い、いや…。菊は関係ないんだ…!」

棺桶の中で誰とも無しにぐっと拳を握って言い訳をしておく。
暫くそんなことを続けていたが、やがてヒンヤリと心地いい部屋の空気に睡魔が降りてきて、そのまま眠ることにした。

明日は久し振りに血を飲むぞ。
そう思いながら眠ったからか、珍しくかなりいい夢が見られた。

You love me too



「すみません。お待たせしてしまいまして…」

翌日、日が沈んでから。
窓際のソファで足組んで本を読んでいたところに、菊が最近覚えたノックをしてから入ってきた。
栞を挟んで本を置き、立ち上がって出迎えてやる。

「ああ、いや。いいって別に。急ぐことでもないしな」
「ありがとうございます。…取られる前に食事を取らないと気分的に貧血になりそうで」
「あ、ああ…。悪いな」

そんなことはないんですけどね、と笑いながらそのままベッドの方へ歩いて行く。
俺にはないきらきら輝く耳や尾や、風変わりな異国の白いパジャマが幻想的で、それに誘われるように俺もベッドへ寄っていく。
俺の方は今の時間からが活動時間なんでタイもベストも着ているが、菊の方はというと大体俺に血をよこしてからそのまま寝ることが多いんで、食事の時はこのパジャマ姿が殆どだ。
ぺしゃんこで変な形の靴を脱いでベッドに片膝をかけてから乗り上げると、そのまま四つん這いでちょこちょこ紅くて厚い布団の中央辺りまで移動していき、枕を一つ掴んでいい場所に置くと、腰を据えて仰向けに横たわった。
紅いベッドの上に白い色彩がかなり栄える。
まるで薔薇の中にいるみたいで一際美味そうに見えるから、定期的にシーツだとか布団の色とかは変えていた訳だが、暫くは紅で通そうと思う。

「…ああ、そうだ。アーサーさん」
「あ?」

同じくベッドに上がる為腰掛けて靴を脱ごうと屈んでいた時に菊が声を掛けたんで、中断して背を起こすと肩越しに横たわってる姿を振り返った。

「何だ?」
「随分お世話になりましたが、そろそろ住処を決めることにしました。…此処より東に広くて高い山がありますが、どうやらお住まいの方がいないようですので、今度其方に移ろうかと」
「…。は?」

片手を腹の上に柔らかく置いて、穏やかな表情で、さらっと言った。
あまりにさらっと言うもんで、その情報が正確に脳内に行くまで俺は少し時間を要した。
…何だって?
住処??
理解した後、突然心音が早まった。
片手をベッドに着いて、身を捻るように菊の方へ乗り出す。

「住処って…。で、出て行くってことか?」
「ええ、まあ。…と申しますか、そもそも居候の身ですから。道連れとして同行させていただきましたが、行き倒れの際の恩に任せていつまでもお世話になる訳にはまいりませんし、私もそろそろ落ち着かなければ」
「そ…!」

冗談とかの類ではなく本気らしい気配を察して、そのまま片膝も横たえてベッドに乗せて更に身を乗り出す。

「そんなに急に決めるもんじゃないだろ! お前こっち来てから一度も城外に出てないじゃないか。そういうのはまずじっくり下見とかしてだな…!」
「千里眼で外の様子は把握できますから、その辺はご心配いただかなくとも結構ですよ」

その為に毎日薔薇園に出ていたのだ…と聞かされて、ちょっとした衝撃だった。
確かに、毎日毎日何で園にいるのか気になってた。
そんなに薔薇が気に入ったのかとも思ったが、城内で最も東に位置しているからその場所から目星を付けている山を覗いていたんだろう。
…。
…ま、マジかよ。
返す言葉もなく呆けている俺の胸中を知らず、菊が笑顔を向けてくる。

「でも本当、無事にご自宅に戻れて良かったですね。確か沢山食材を揃えていると仰っていましたし…。それにあれほど見事な薔薇が咲き誇っているのですから。貴方からすると嘸美味なのでしょうね。食いはぐれる心配もなさそうです。…ですから」

するり…と、菊が右手で左の襟を肩まで開いた。
うっすら月色に染まってる皮膚と鎖骨が視界に入り、目が痛い。
仰向けに横たわったまま緩く折られた両膝の間で、白い尾がちょいと揺れる。

「こういったことも、そろそろ終わりでいいでしょう」
「…」
「あ…。勿論、時折お会いしてくださるのであればその際に血の方はご提供しますが…。…アーサーさん?」
「え? …あ、ああ」
「どうされたんですか。ぼーっとされて…」

白い尖った綺麗な5つの爪。
俺が吸いやすいように首を右へ向け、左手襟を開いたまま、鎖骨に爪先を添える。

「どうぞ?」
「…」

少し長めの前髪と横髪の間から優しい目で一瞥され、鳥肌が走る。
結局話は有耶無耶なままベッドに乗り上げると、細くて小さいその身体を膝で跨ぎ、示された場所に顔を寄せる。
いつものように促されるまま牙を立てた。
口の中に広がる血液は相変わらず甘いはずだが、頭の中が混乱していて味はよく分からなかった。



油断するといつも飲み過ぎる訳だが、その晩はそんなことがなかった。
食欲無い訳じゃないんだが、不思議と口が進まない。
胃が満腹にも半分にも満たない状態で首筋から唇を離して、ゆっくり顔を上げる。
俺の吸血時間がいつもと比べるとかなり短かったのが菊の方でも分かったらしく、ちょっとだけ眉を寄せて瞑っていた目を開くと、不思議そうに俺を見上げた。

「…? どうかされましたか」
「…。あのな」

片手の親指で赤く濡れてた口元を軽く拭ってから、目線を合わせないまま何とか切り出す。

「別に…。いいんじゃないか。出て行かなくても」
「え…?」
「お、お前の血が飲めなくなると…困るんだよ、色々。薔薇も時々抓むが、やっぱりお前が一番美味いし…。今更他の不味い血に戻るのは拷問だ。何か城内に不都合があるなら直してやるから…!」
「…狐は群れないんですよ」

少し声を張った俺に、菊が曖昧な顔で微笑む。
確かにそれはこいつの一族の本質なのかもしれない。
逆に、独りで暮らすことを常とするが、餌とか集めて身内で群れること自体は嫌いじゃないのが俺たち一族の本質だ。
だからこそ、もう一回血を吸ったからにはこいつが俺の領内から脱されるのはプライドが傷つく…し!
何かもっとこう…、もっと奥の方から嫌だった。

「じゃ…じゃあ、あんまり干渉しないでやってもいい。血を飲むのも回数減らしてやってもいいから、もう暫くは…」
「別に、早くこのお城を出たいという訳ではないんですよ」

そんなに必死に見えたのか、菊が袖の中に収めた片手を口元に添えて笑った。
それから、その手でそっと今できたばかりの傷口を示す。
皮膚の上に二つの牙痕。
治癒能力は高いようだが、牙を立てたのはついさっきなんで出来た傷はまだ完全に塞がってない。
身体の中から赤い雫が少しずつまた傷の入口へ染み出していた。

「ただ…。最近少しおかしいんです、私」
「おかしい?」
「今まで独りの方が落ち着く性分でしたので、失礼ですが、正直アーサーさんが外出されるとほっとしていました。同じ場所にいても何をお話ししていいかもよく分からないもので。…ですが最近はどうにも姿が見えませんと逆に落ち着かず、恥ずかしながらお休みになられた後もお部屋の前まで行ったりして…」
「…」
「変ですよね。…恐らくは、アーサーさんの微々たる妖気が蓄積されているのかと」
「へ…?」

“微々たる”の部分で一瞬カチンと来たが、続けられた言葉に思わず間抜けな声が出た。
…確かに、俺が血を吸ったからって菊はこれまで一切影響を受けてない。
言っとくが俺だって一族の中じゃ結構位が上だ。
それに影響受けない自分の力に対して本気で自覚がないのか謙遜なのかは分からないが、とにかく血を吸った他の奴のように俺の言うことに絶対服従させることができない。
…とは言え、だ。
何回か意図的に魔力強めて吸ってもホントに全然効かねえし、服従させなくても血をくれるんならいいやと思って、最初に出会った時から旅の途中までの数回以降は牙を立てる時も魔力は断ってきたぞ。
逆に反作用しないように押さえたりとかしてて。
だから俺の影響下に入ってきてるなんてことは絶対無くて…。
でも菊自身は自覚症状があるという。
姿が見えませんと落ち着かなくて、俺が寝てる時に部屋の前まで来てただって…?
冗談だろ。
だってそれじゃまるで…。
…。

「あ…。え…っと、だ」

何とかこのままそういう話の流れに持って行こうとしたものの、口の中が乾いてて、呟くつもりだったそんな切り出しの言葉は音にはなってくれない。
心臓が酷く脈打ち、シーツに置いていた指先が少し震えた。
顔が熱くなってきた気がする。
だってひょっとしたらひょっとして、ひょっとする可能性だってあるんじゃないか…?

「以前は面倒だったこの“食事”も、最近は仰るのならばすぐにでもと思います。…そのうち完全に逆らえなくなってしまったりしたら、困りますから」

まるで毒のようですね、とまた曖昧に笑う。
それらの言葉を受けて思考が脳内で勝手に都合の良い処理を続けていく。
このまま手放すなんてしたくない。
相手が誰だろうと物怖じしない性分だが、久し振りに勇気とかいうやつを使って渇いた喉から声を発した。

「じゃ、じゃあ…。試してみるか?」
「試す?」
「ああ」
「と申しますと、一体どうや…」

血が減った後だからか、どこかぼんやりしながら聞き返してた菊が傷に添えていた片手を袖の上から握る。
俺も結構爪長いから、立てないように気を付けた。
袖越しに指を絡め、ついでにシーツの上に置いてあった反対側の指先にも手を絡め、キスするつもりでゆっくり顔を詰めた。
途中で嫌だと一言言えば止められるよう、本当ゆっくり詰めた。
でもあとミリになっても全然反応がなかったんで、結局このまま奪うのもマナーに反してるような気がして、直前になって俺の方からぴたりと一度止まってやった。
かなり近距離で見ると、黒だと思ってた菊の目は薄茶色をしていた。
チョコレート色みたいで、これはこれでいいと思う。

「…嫌なら、拒否ってもいいんだぞ」
「嫌…。…」

ぽつり…とただ反芻するように呟いてから、菊が少し目を伏せる。
呟いたきりしばらく黙り込んでて、どうしていいか分からないようだった。
だから勿体ないが、一度顔を離す。
もういっそのことはっきりと「俺はお前とキスをしたい!抵抗するならしろ!」って言ってやろうかと思ったところで。

「あの…」

菊がやっと顎と目線を上げた。

「後程で結構ですので、堪った妖気を抜く方法とか、教えてくださいますか」
「あ…?」
「何だか思った以上に毒気が回っているようなので。…どうにもアーサーさんの仰ることに逆らえそうにありません…」

ぴこんと耳先が動き、哀しげな顔をする。
哀しげな顔をしてはいるがが言ってることが言ってることなんで、俺の中の優しさが半分、何処かへすっ飛んでいった。
それはただの気のせいだと今更告げる気は今はない。
お前も俺のことが好きなんじゃないか? と問う気もなくなった。
だって俺に従うしかないと思ってくれているんなら、その方が絶対いいだろ。
後でちゃんと正直に言うから、今だけはこの幸運を許してほしい。
こいつだって絶対俺のこと好きなはずだ。ただ自覚がないだけで。
その証拠に、再度キスしようと顔を詰めると、触れる直前に菊が枕から頭を軽く持ち上げ、俺の鼻にちょんと鼻先を合わせた後で自分から俺へキスしてくれた。
…キスしてくれたはいいが、深くしようと舌を絡める前にすぐ離れて、代わりに頬や目元を舌先で舐められたんで、何だか可愛すぎて笑ってしまった。







鈍そうだなと思って触りだした躯は思った以上に早く熔け出し、俺を喜ばせた。
菊が着ていたパジャマは簡単に左右に開き、実に使い勝手がいい。
細くて小さい肢体にぼんやり見惚れながら撫で回す。
色の薄い胸の突起を爪で引っ掻くと短い悲鳴が上がり、慌てて俺の手をふりほどこうとしたもんだからその手首を取ってシーツに落としてやった。
少し傷ついたその場所に、咄嗟に牙を立てないようかなり注意しながら口に含んで舌で舐めてやると、扱いてやってた下の方でまた先から雫が溢れ、滑りが握る手に伝わった。
それを潤滑油にしてまた上下に動かす速度を上げる。
ぴく、とベッドに横たわったままの菊が腰を反らして震えた。
空いてる左の人差し指を噛んで声を殺そうと頑張ってるらしく、歯形が残る指先が唾液で湿っている。

「は…。 っ、あ……ぁ」
「…気持ちいいか?」
「は、はい……。はい…」

熱に浮かされた表情と鼻声に満足して、キスを求める。
…が、やっぱり癖なのか何なのか、菊は寄せた俺の口ではなく頬へ唇を寄せると、少しざらついた舌でまるで毛繕いでもするように下から上へ皮膚を舐めた。
苦笑して相手の額に額を寄せる。

「違うって、菊。…キスは口にするんだ」
「…口の方がお好きなんですか?」
「あ? …ああ、まあ。俺はな。…まあ、こういう時は何処にだってキスはするが、唇と唇だったら相手の舌と絡めたり、口の中を舐めてやったりするだろ?」
「…」
「お、わ…っ」

俺が見本を見せる前にまた菊が俺の唇キスしてくれた。
絡め取ってやろうと思ったのも束の間、舌先が俺の方へ入り込んでくると一歩出遅れた俺の舌とぴたりと合わせ、その表面をさっき頬や目元を舐め上げた時のように、丁寧に何度も撫でてくる。
口の中の天井や歯の裏側とか…。
感じたことのない舌フェラの快感に背中が粟立った。
こ、こーゆーキスの発想はなかった…。
基本的なことが噛み合わないからこそ色んなことが刺激になる。
唇の端から唾液が溢れた。
掌の中の菊のものがまた脈打って溢し、俺の手もそれなりに濡れてきたのを見てそろそろ後ろを解しだしてもいいだろうと人差し指をつー…と握ってた下へ滑らせていくと、

「…!」
「いてっ」

べちっと白い尾が俺の手を叩いた。

「え…ぁ、あの。…ひょっとして、私が雌役ですか…?」
「は? …当然だろ??」

ここまで預けておいてまさか俺に挿れる気だったのか。
今更何を言っているんだという言動を示すと、菊はみるみる間に顔を赤くしていった。

「あ…。…えっと。でも私…」

緩く折った菊の両足の間で、怯えるように震えてる尻尾が彷徨いている。
よく手入れしてるらしいふわふわの尻尾は柔らかいだけで勿論大して痛くはないし、何の障害にもならない。
先走りで濡れた手でその尻尾を根本から先まで、掴むように一撫でしてやると、ぶるっと菊が躯を震わせた。
あれだけ誇らしげにぴんとしていた頭上の白い耳も今は垂れ下がっている。
高揚した顔と滲んだ目元と小さな躯と…。
改めて見ると本当に可愛くてくらくらしてきた。

「平気だって。…怖くない」
「つ、拙いと思…」
「そんなのはいいさ」

首筋にキスをしながら、小声でなるべく優しく聞こえるように囁く。
同時に、その場所を指先の爪で軽く突いた。
ローションの必要がない程上から溢れてる先走りで濡れてたんで、そのままくっ…と押し入れる。
最初は浅く擽る程度に出し入れして、次第に深くしていく。
すぐにでもかぶりつきたい衝動を抑えて、気が遠くなるくらいちまちました作業を繰り返したが、反応を見てるのが楽しくて退屈ではなかった。
こんなに丁寧に誰かを弄ったことはない。
上せた顔に顔を近づけると、思い出したかのようにあの特殊で気持ちいいキスをくれる。
いつの間にか俺の肩を掴んでいた菊の両手の爪が、俺が指を進ませる度に鋭く皮膚に食い込み、終いには俺の肩から血が流れ出した。
自分の血はまさか飲む訳にはいかないが、それでも場に満ちる血の匂いに高揚する。

「…あの。…アーサーさ…」
「ん…?」
「まだ…ですか…?」
「…」

途中で、濡れた白い尾が軽く揺れ、低い鼻声がぼんやり空気を揺らす。
主導権握ってるのは間違いなくこっちなんだが、その言葉に殆ど命令されたような従順さで従うしかなかった。
滑りを持った指を抜く。

「…後ろ向けよ」

ぼんやりした頭のまま、小声で呟いた。
肩に食い込んでる、マニキュア塗ったみたいに赤く染まった爪を外して、キスをしてから戸惑ってるその躯をちょっと強引にひっくり返してやった。



「っ…、んあ…」
「…すごいな。まだ溢れてくる」

別に虐めようと思った訳じゃない。
際限なく溢れ落ちる先走りに思わず呟くと、菊が真っ赤になって両耳と目を伏せて枕の上で俯いた。
バックで腰を高く位置させ、項に口付ける。
個人的には正面のが好きなんだが、直接聞いた訳じゃないが、キスもあやふやなんじゃたぶん誰かと寝るの初めてなんだろうし、挿れるのは少しでも楽な方がいい。
後ろは十分解してやったし、腹に片腕回して菊自身をある程度俺が動かしてやっても、やっぱり最初じゃ途中で止まるのは仕方ない。
他人の体内の温度の心地よさは久し振りだ。
躯が小さいからか他の奴より狭くてキツイ分かなりいい。
生まれてこの方ずっと夜の世界を過ごしているせいか、食事でも気温でも何でも、あんまり熱いのは得意じゃない。
今だって高温で全身がそのまま熔けそうになる。
無理矢理残りを突っ込みたくなるが、それやると痛いだろうから後は躯を解してやるしかないから、左腕で肉付きの薄い腹部を後ろから抱き、汗と雫で濡れてる腿を撫でながら、空いていた手で前を弄ってやる。
挿れた先で僅かに滲み出た先走りをそのまま繋がりきれない場所の潤滑油にして、そうでなくても少しずつだが躯を弄るごとに緩ませていって深く挿れていく。
進ませるたびに、俺と菊の間にある白い尻尾が肌を滑ってむず痒い。

「は…。っ、つ…」
「ああ…。折角の綺麗な尻尾がぐちゃぐちゃだな…」
「…!」

べたついた手を持ち上げて何気なく尻尾の付け根を撫でると、びくんっと菊が震える。
不意打ちくらって一瞬躯から力が抜けたのか、ず…っと滑るようにまた繋がりが深くなり、漸くそれなりの深さまで挿った。
…感覚でそれを確かめてから、震えている菊の耳へ口付ける。

「菊。ほら…。挿ったぞ」
「あ…」

涙顔を持ち上げたのを見て、すぐ耳と項へキスをしてやる。
キスが終わると、耳の先を少し動かして熱っぽい呼吸をしながら小さく笑ったのが気配で分かった。

「ん…。…それは…良かった……です」
「ああ。上出来だ」

日頃割と冷めてるんで怒るかと思ったが、頭を撫でてやると、両耳を伏せて擽ったそうに両肩を上げ、シーツに両肘を着けると上半身を捻って鼻先を俺の鎖骨に押し当ててきた。
実際上出来だ。
初めての割りに誘い方をよく分かってる。
気分が良くて、髪を撫でながら俺からも頬を寄せてみる。
こつんと額を合わせると、何気なく吸った呼吸に菊の匂いが載ってきた。
肌触りのいい伏せた耳に戯れで歯を立てると、くすくす菊が笑ってくれて…。
こんなに近距離で笑顔をみたのは初めてだ。
何だかそれだけで胸がいっぱいになる。

「や…、ふふ。 くすぐったいです…」
「…動いていいか?」
「え…?」
「もっと気持ちよくしてやるよ…」
「…!」

意図的に低く耳元で囁いて腰を引くと、それまでと違った逆撫でる感覚に一瞬両耳と尻尾がピッ…!と勢いよく立った。
…が、上から柔らかく全身を押させ付けるように肌をくっつけながらゆっくり抜き差しを始めると、すぐにその表情と共に力を無くしていく。
垂れた尻尾の毛が逆立って素直に快感を表してくれる。

「ぁ…っあ……っ」
「…」

うっかり速まりかける腰をぎりぎりの理性で保ちながらも、目線は目の前にある首筋から離れなかった。
美味そうで仕方ない。
あの甘い血が呑みたい。
…いや。そんなことより単純に離れたくないんだ。
支配したいって訳じゃないけど…出て行かれるくらいだったらそっちの方がいい。
仮に今全力で魔力を注いで吸い付けば、俺の物になってくれるんだろうか。
血に魔力を溶かして流して、身体中…細胞まで残りなく侵してやりたい。
ちょっと試してみたくもあった。
だから細く息を吸って、精神を集中させた。
…熱い呼吸が出てくる口を開けて、その首筋の皮膚に歯を立てようと顔を寄せた。
瞬間。
シーツに着いていた俺の片手を、菊がぎゅっと爪を立てて握った…。
…。

「あ…。 あ…サー…、さ…っ」
「…」
「っ…、ん……」

必死に俺の片手に爪を立てる様子に、ぴたりと寄せていた牙を止めた。
…確かに、支配下に置いた方が楽かもしれないし出て行かれないかもしれない。
俺に従いたくて堪らなくなるはずだし、言い様に動かせる。
大体、今当に菊自身が俺の魔力に当てられてるって思い込んでるし、自覚ないだけで両想いっぽいんだからやったっていいだろ。
毎日ずーっと一緒にいられたら最高だ。
…けど、それは勿論、俺に堕ちた時点で菊の意思でも本心でもなくなる。
例え菊が自分の意思だと思いこんで俺に愛してるだとか言ってくれたとしても、あんまり嬉しくない気がしてきた。
逆に、今みたいに操られてると思いながらも、実際は彼自身の気持ちで俺に身を預けてくれた方が比べる必要がない程嬉しい。
要は菊が言ったとおり毒みたいなもんだ。
折角今こんなに菊自身で俺のこと感じて笑ってくれてんのに…それももう二度とない。
そう思うと、無性に支配だとか何だとかが馬鹿馬鹿しくかっこ悪く思えてきた。
…変だな。
本当に支配できるかどうかも分からないんだし一緒にいられるし、試しにでも絶対吸っといた方がいいに決まってるのにな。
その試しをするのも躊躇う程相手を尊重するなんて、自分で自分に呆れちまう。

「…」
「ん…。…っ」
「…菊」

出て行くのかー…って思うとさっきまでの歓喜も何処へやらで何だか哀しかったけど、折角集中させた精神を霧散させ、そのまま、そっと首筋にキスをした。
行っちまうなら告白なんて邪魔なだけなのは分かってるから、聞こえるか聞こえないかのレベルで好きだとかぽつりと言ってみたが、快感に酔ってる菊には聞こえてなさそうだった。
…名残惜しくて少し抱きすぎたかもしれない。
注いだ分だけ滑りが良くなるし反応も過敏になるから調子に乗った。
シーツはそうでもなかったが、終わって疲れて偶然横たわった下にあった菊の広げたパジャマが濡れまくってたから、代わりに俺のシャツを広げて肩にかけてやった。








「…。気持ちいいものなんですね…」

隣で咲くその笑顔に唇を寄せていると、しみじみと菊が呟いた。
大きいシャツからはみ出る尻尾の先がふわふわ揺れてる。
俺の方は少し強引になったかなと思っていたが、そうは思ってないみたいだ。
嘘を吐いていないらしい様子にほっとして、指先を伸ばして黒髪を梳いた。

「交尾なんて…。他の方と繋がるなんて、気色が悪いと思っていました…」
「はは…。そうか?」
「ええ」
「愉しいだろ?」
「アーサーさんはこういったことがお好きなんですか?」
「あ? …そうだな。相手によるな。面倒臭い時もあるにはあるしな。…お前とは愉しいよ」
「そうですか。それならよかったです」
「ああ。良かった。…今までで一番熱くて熔けそうになった」
「わ…」

両手を伸ばして、にこにこ穏やかに笑ってる菊を捕まえ抱き締める。
不思議そうに瞬いている熱くて小さい躯を腕に抱いて、目を伏せると鼻先をその黒髪に埋めた。
人に弱さ見せるなんて死んでも嫌なはずが、今まで俺を支えていたそのプライドは一瞬だけ何処かに出かけちまったらしい。

「…あのさ。…やっぱり行くなよ」

奥の方から感情が飛び出て、ぽつりと小さく、相当素直に縋って呟いてみた。
ぴんと白い耳がすぐ傍で動いたのが分かったが、気付かない振りをして続けた。

「元々行動時間はずれてるだろ。独りになりたい時は絶対話しかけないし側にも行かない。尊重してやる。群れなくていいからここにいろよ」
「…止めてください。困ります。今言われると抵抗できないですから。…毒気が」
「あのな!回ってるなら素直に俺の言うこと聞けっ!」
「…!」

両肩を掴んで勢いに任せ、近距離で強く出ると、菊は目を丸くした。

「俺の部屋の前まで来るんだろ? 俺といると落ち着くんじゃないのか?? キスだってやったって平気だし、気持ちよかったんだろ?」
「ですから…。それはアーサーさんの気に当てられて…」
「俺はお前に何もしてない!」
「…え? …ですが」
「いいか。よく聞け」

菊は虚を突かれたように瞬き、数秒後、呆けた顔で顎を引くと自分の身体と両手を見下ろした。
そんな彼にキッパリと言ってやる。

「お前は、俺が、好きなんだ!!」
「好…」

恐らく聞き返そうとしたんだろう。
不意に顔を上げられた菊と目が合った瞬間、突然菊は言葉を止めた。
そのまま数秒沈黙。
…分かってくれたのか?
キスの流れだなと思って顔を寄せかけた俺に対して、突然、ぶぼ…!と菊の顔から湯気が出た。
ちょっとビックリするくらい真っ赤に染まった顔の中で、両目がくるくる回っている。
顔だけじゃなくて掴んだ肩も思わず指を引っ込めるくらい熱を持ち、黒い髪の上にある両耳は見たこと無いくらいぺしゃんこに伏せていて、俺の方が何事かと思ってぎょっとした。

「お、おい…?」
「あ、……あの、あ…。…わ、わたしあの……か、かわやに…」
「ちょ…は? お、おい。菊…!?」

俺を無視して、脱いだ服の一番外側だけ掴んで袖を通すと、ふらふらしながらベッドを下りる。
そのまま酔ったような歩き方で右へ左へ千鳥足で、途中近くの壁に一度顔面衝突してからバスルームの方へ向かっていった。
その後ろ姿に着いている尻尾が、斜め上を向いてボンドで止めたかのようにピンッと硬直して立っている。
…な、何だ?
焦って、俺もシーツに両腕を着いて立ち上がるとその背を追った。

「おい…! 何だよ。どうしたんだ? まだ話は……って!?」

やっぱり初めてで無理し過ぎたか? 体調悪いなら手を貸してやろうと思って伸ばした俺の片手が触れるか触れないかの瞬間、菊が猛烈な勢いで駆け出した…と言うか、跳んだ。
何をどうやったのか、しぱん…!とそれなりに厚いはずの部屋のドアが一文字に斬れて、そのまま廊下に跳び出ると軽やかに一端着地して片手を着いてから、床を蹴り出す勢いを利用して…本当に全力で駆けていった。
…。

「………ちょ」

遅れて廊下に出るが、あっという間に背中は見えなくなり…。

「ちょっと待てえええええええ!!!」

そこで漸く、彼が逃げ出したのだと分かり、怒ってる訳じゃないんだが、かーっと何か猛烈な熱量が腹の奥から込み上げてきて、俺も翼を左右に広げると全力でその背を追って駆けだした。



馬鹿みたいだが本当の話で、夜通し、互いの魔力やら術やら力をフルに使って鬼ごっこした結果…。
明け方になり…肌にちょっと火傷が生じるくらい朝日が顔を出した頃、庭の薔薇園の端の端で、両耳を伏せてやっぱり真っ赤な顔で蹲ってる菊を発見し、片手を取って垣根から引っ張り出した。
至る所に着いてる葉っぱを取ってやった後、両肩で息をしながら翼を畳んで両手を取る。
…菊の住んでた場所ではどう告白するのが普通なのか詳しくは知らないが、とにかく調べておいた台詞として“番にならないか?”と問いかけると、漸く、たっぷりの時間をかけて菊が顔を上げてくれた。

いつものクールな表情が嘘みたいな、泣くんじゃないかくらいの赤く歪んでる顔にくたくたになりながらキスをすると、またあのざらついた舌がそっと俺の舌先を舐めてくれた。


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