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「うわあ。外すごい吹雪いてるね~。…あ。因みにね、電車止まっちゃったってさ」
「…」
「歩いて帰るの? 頑張ってね」
「…て言うか起こしてよ」

他人事みたいにリビングの窓から外を眺める露西亜の背後で、僕はソファに腰掛けながらげんなりため息を吐いた。
芬蘭にちょっと届け物があったから、それを手渡しての帰り道に露西亜と会った。
外凄く寒かったし、丁度今温かいスープができたところだから飲んでいく?って言われて、このまま帰るよりも途中で少し温まった方がいいかなと思ったから、一杯付き合ってあげることにした。
悴む手が持つスープ皿はとても温かくて美味しそうで、実際美味しかったしそれは良かったんだけど…。
その分家に帰るのが億劫になって、もう少ししたら帰ろうと露西亜の家の本借りて読んでるうちについ寝ちゃったらしい。
起きたらすっかり時間は経っていて、日は暮れてるしそとは吹雪いてるし…最悪。
…て言うか本当起こせよ。
内心思わず呟きながら、欠伸を一つする。
起きたから一度は身を起こしたけど、何だか怠くなっちゃって今さっきまで寝てたみたいにまた横長のソファにごろんと横になって、クッションに顔を埋めた。
ソファの背に留まって様子を窺っていたパフィンが、僕が起きないことを知るとぽて…って背中に下りてきて、重みを生じる。

「氷島君。早く帰らないと夜になっちゃうよ?」
「…何で起こさなかったの」
「だって気持ちよさそうに寝てたし、あと君寝起き悪そうかなって思ったから面倒臭くて。…でも、そうでもないみたいだね」

窓から室内を振り返り、ぽやっとした顔でさり気に失礼なことを言う。
…何でそんな勝手な思いこみで判断する訳。
寝起きはそこまで悪い方じゃないし、ちょっと普通より悪かったとしても、そんなのみんなそうでしょ。
クッションに正面から埋めていた顔を横に背け、目元を擦った。
もう全部面倒臭い。
今更帰るのも面倒臭い。

「…もういい。泊まる」
「ええ~? やだよー」

窓際で露西亜が不服そうな間延びした声を上げた。
丁度壁に掛かってた僕のコートとマフラーを両腕に取った所だったみたい。
返事と同時に俯せになってた身体のうち片足の膝から下を軽く上げる。

「うるさい。あんたが悪いんでしょ」
「そんなこと急に言われたって牢なんて空いてないよ~。客間くらいしかないんだから」
「それでいいの」

逐一突っ込み待ちのコメントなんか相手してらんない。
一言で会話を終わらせてから目を伏せた。
ただ目を瞑っただけのつもりだったけど、次に開けた時はまた小一時間くらい経ってて、丁度部屋のドアに廊下から顔を覗かせていた露西亜が、ご飯だよって声をかけた。

別に賛美する訳じゃないけど、明るいうちにもらった時とは違う味の温かいスープとパンは、やっぱり美味しかった。
メイドが次々と食器を並べていくその途中で、ちょっと吃驚するくらいのお酒の瓶が運ばれて来て、テーブルの端一辺に、バーみたいにずらりとガラス瓶の銘柄が並ぶ。
お酒はよく分からないけど、殆どウォッカみたい。
…本当、好きだよね。

「君も飲む?」
「…」
「はい。どうぞ~」

注ぎ終わったグラスを差し出され、何となしに受け取った。
…別に飲む気はないけど、食卓の端に置いておく。

「~♪」

自分の好きなカクテルでもあるのか、ストレートの他に他のお酒と混ぜたりしながら、まるで水でも飲んでる軽さでグラスを空けていく。
呆れて、小さくため息ついてから僕もグラスを傾きかけ、すんでの所で止めた。
昼寝しちゃったし、本当は少し飲んで眠気を誘発するのがいいんだろうけど…。
でも仮にも露西亜の家だし。
急に何か恐いことがあったら嫌だから。
元あった場所にグラスを置いて、代わりに紅茶をもらうことにした。
いい紅茶飲んでるみたいだから、案の定というか何というか…。
メイドに案内されながらダイニングを出て客間に向かい、シャワーを浴びて布団に入っても全然眠くなれなかった。
仰々しいベッドに俯せに伏して、本のページを捲り続ける。

「…」

ふと顔を上げるて、テラスへと続いてる広い窓を見上げた。

窓の外は相変わらず吹雪。
…寒くて、嫌になる。








「…。飽きた」

ぺいっ…と本をシーツの上に軽く投げ捨て、ベッドの上で仰向けに返る。
本は大好きだけど、全部が全部好きって訳じゃない。
今持ち歩いてる本は、どうやら肌に合わないみたいで詰まらなかった。
他の本何冊も持ち歩けないし、今手元にあるのはこれだけだから、読書はもう今日は止める。
でも、かといって眠くもない。
大体、昼間にたくさん寝ちゃったし、しかも紅茶飲んだし、更に他人の家だし、精神的に落ち着けないのは当然だと思う。
…僕もお酒飲めば良かったかも。
そうしたら、こんな居心地悪い家でも少しは眠れたのかもしれない。

「…。…寒い」

仰向きだった身体を横向きにして、背中を丸める。
パフィンは昼間寝てなかったみたいだから、もう部屋の端に用意してあった鳥籠に入って眠ちゃってて、その籠にも布団代わりに布が覆ってあった。
当然だ。もうこんなに遅いんだから。
夜にいつまでも起きてたって、寒いだけで何のメリットもない。
びゅうびゅう吹き付ける風を聞きながら、小さく息を吐いた。
…どうしよう。
いっそ起きてようか。
自慰でもしようかな。
そんなことをふと思った瞬間、今朝オーロラを見に行った丁抹とお兄ちゃんの後ろ姿を思い出した。

「…」

急に冷ややかになり、目を伏せる。
…今頃、一緒に寝てるのかな。
僕だって一緒のベッドで寝ることは時々あるけど、まさかそんな訳ないし。
寝顔とかだけでもすごく綺麗なのに、きっと抱き締めたらもっと綺麗なんだろうとか、狡いとか、温かいんだろうなとか、相変わらずそんなことばかり。
…まあ、いいんだけどね。両想いなんだから。
邪魔する気はなくて、ただ狡いなっていう…やっかみ。
でも、そういう時の顔想像して身体が熱くなるのはいつものことだから。
別に法律に触れてる訳じゃないんだから、想像するのくらい許してくれないとおかしくなりそう。
…目を伏せて、片腕を布団の中に入れる。
更に背を丸めて、下着の中に片腕を入れようとしたところで。

__コンコン。……ガチャ。

不意打ちノックから開けるまで待ち無しのタイミングで木造のドアが開き、ベッドの上から顔をそっちへ向けた。
ぬ…っと、この家の飲んだくれ家主が顔を出す。

「あ~いっすくーん。まだ起き……あ。起きてる起きてる」
「…」
「ねえねえ。紅茶淹れたけど、飲む?」

いつもなら苛っとして怒るところだけど、今はそんなタイミングじゃなかった。
シーツに片肘着いて、のそっと身を起こす。
…何気なくじっと露西亜の馬鹿面を眺めてから、小さく息を吐いた。
横になってて髪が少しくしゃくしゃしたから、目を伏せて片手でそれを適当に梳きながら言ってみる。

「…ねえ。あんた今暇?」
「ん?」
「寝れる?」

片腕伸ばして、自分の隣スペースの布団を捲りながら言ってみる。
退屈凌ぎになれれば丁度良い。
それに寒いし。
大体、露西亜のせいで泊まる羽目になったんだから、客をもてなすくらいしろよと思う。
どうせやるなら、ひとりでやるより相手がいた方がいいのは当然だ。
…僕の問いかけに、露西亜は人差し指を口元に添えてぼんやり呻った。

「うーん…。まあ、僕も後は寝るだけだから別にいいけど」
「じゃあ歯磨いてきて」

夕食にウォッカ飲んでた姿は忘れてないから、それが最低条件。
言い放ちながら、僕は彼を一瞥してから肩を竦めた。




「…どっち?」
「何が?」
「上と下。どっちがいいの」

言い直してやってもまだピンと来ないのか、疑問符浮かべて露西亜が首を傾げた。
苛々しながらリボンを取っていると漸く思い至ったようで、ぽんっと両手を叩く。

「えーっとね…。僕普通に抱く方しかやったことないなあ」
「あっそ…。じゃあそれでいいから」
「君は両方やったことあるの?」
「どうだろうね。…でも誘っといて何だけど、詰まらないと思うよ。どっちかって言うと冷感症だから」

シャツのボタンを下から順に外してる途中、ベッドに腰掛けてた露西亜がぼんやり聞いてきたそれに淡泊に応える。
俯いてたから、一度手を止めて頬に垂れ落ちてきた横髪を耳にかけてから、襟まで全部外してく。
そのまま脱ごうと袖から腕を抜こうと思ったら、寒いからいいよ…って、露西亜が止めた。
いいよも何も、どうぜ脱ぐことになると思うけど、後々脱がせたいっていうなら別にそれでもいい。
一度軽く両肩を竦めて、シャツを残したまま露西亜の両足間に片膝を着いて乗り上げた。
両手を肩に置いて挨拶にちょん…って、額にキスしてやってから、彼の首もとからマフラーを取り上げる。
たらたらとボタンも外していって、上着も取り払い、サイドテーブルに畳んだ自分の服とは別に、妙に重い彼の分の衣類はマフラーもコートも上着も、ぽいっと背後に放り投げ、床に落とした。

「…」
「…何?」

じっと見てくる視線を感じて、半眼で見返してやる。
尋ねると、露西亜は柔らかく笑った。

「ふふ…。あのね。君って綺麗だったんだね」
「そういうの必要? …っていうか、服脱いだくらいで何が変わるの」
「そう? 結構変わると思うけどなあ。だって今までは可愛いと思ってたから」
「…!」

唐突に露西亜がベッドヘッドに預けてた身を起こし、腹部に乗ってた僕を抱き締めた。
ちょっと吃驚したけど…でもそれよりも酒臭さに嫌気が差す。
腕の中でため息吐いた。

「…酒臭い」
「あはは」
「口キスは無理だから」
「えー? そっか~。うーん、残念だなあ。…じゃあこことかは?」

抱き締めたまま、指先で露西亜が僕の鎖骨を指差す。
…別に皮膚上なら構わないから、軽い調子で目を伏せて許可してやった。

「別にいいけど」
「そう? よかった」

にぱっと笑いかけてから、顔を僕の筋に寄せる。
ちょっと揺れる癖っ毛が首を擽ってむず痒く、顎を上げて身を縮めた。

「…何。任せていいの?」

首筋や頬に来るキスを片眼瞑って受け流しながら聞いてみると、彼は一度顔を離した。
てっきり何もできなさそうな気がしてたけど、どうやらそうでもないらしい。

「うん。たぶん、大丈夫かな」

人差し指で人の鼻をちょんと付いて、また場に添わない笑顔でウインク投げる。
近距離でのウインクは避けられず、僕は半眼でため息を吐いた。
…任せていいなら任せた方が楽だし、そうしよ。
人と寝るの久し振りだし、色々考えるの面倒だし。
ちょっと頼りないけど主権を委ねることにして、両目を伏せるとそのまま露西亜の胸にぽすっと頭を寄せた。







どこか、遠くの方で時計が鳴った。
この部屋から出て少し言ったところにアンティークっぽい古びた大きな時計があったから、その音なんだと思うけど…。
その音に、うっかり微睡んで無心になってた自覚が戻ってきて、びくっと肩を震わせる。

「ぁ…」
「大丈夫。…ただの時計だよ」

宥めるように上から瞼にキスされて、思わず片目を閉じる。
ちょっとだけ上がってた息が、まるでミントを口に入れた時みたいにす…っと引いていった。
小さく一息吐いて、またこてっと露西亜の肩に頭を預ける。
…別に身体小さい方じゃないから、ずっと膝の上にいると重いと思うんだけど、僕をベッドに横たえる訳でもなく、小さな子を膝に乗せる程度にちょっと僕を横向きにするくらいで、最初抱き締めた時の姿勢のまま冷たい手がボタンを外したシャツの下を撫でていく。
初めはやっぱり冷たい手にぎくりとしたけど、慣れるとこれはこれで刺激だから嫌いじゃないかも。
パンツとかベルトとか、そういうのは邪魔だから蹴り脱いでベッドの端に飛ばしておいたけど、でもあんまり露骨に見られるのも嫌だから、布団を引き寄せて適当に腹部まで覆っておいた。
その下で、無骨な指がゆっくりローションを塗っていく。
それまで前を撫でていたのに、不意に中指が伸びてそのまま後ろの入り口を突くから、ぴくりと眉を寄せた。

「…っ」
「痛かったら言ってね」
「…て、言うか…。…重くないの?」

快感から言葉が途切れ途切れになりそうだけど、なるべくそうならないよう意識しながら言ってみると、露西亜はころころ笑って尚更僕を引き寄せた。
こめかみにキスが来る。
…こういうスキンシップ久し振りで、とても心地良い。
戯れに顎を上げ、頬へキスを返してあげると擽ったそうに笑う。

「ううん、平気だよ。…くっついてた方が温かいしね」
「…まあ、それはね」
「あ。でもね、疲れたのなら横になる?」
「別に…平気だけど」
「ならこのままでいいよね」
「…ん」

猫みたいに擦り寄って頬にキスする露西亜が意外で面白い。
何だか弱みを握った気がして、得意気になってちょっと笑った。
寝る時はまるで子供みたいで面倒くさいんだよ…って、誰かに言いふらしてやりたいくらいだ。




何となく身体が熱を持ってきて、頭もぼんやりしてくる。
温かい他人の体温に背中を預けたまま、何気なく片足を折って引き寄せた。
ちらりと自分の下を見下ろすけど、中途半端にかかってる布団と露西亜の手が邪魔でよく見えない。
ローション塗ったし、割と滑りは良くなってきたと思うから、もういいと思う。

「…ねえ。僕ばっかり慣らしてどうするの。そっち勃たせないと話にならないんじゃないの」
「え? 僕はいいよ」

ぽつりと言ってみると、耳元で露西亜がけろっとした声を返した。
弄ってた腕を放して、両腕で肩を抱き締められ、その投げやりな言動に半眼で呆れて鼻で笑う。

「いい訳ないでしょ…。どーやってやる気」
「だって、君を見てるだけで十分だよ」
「…。…は?」
「ほら」
「え」

ぐいっと唐突に肩手首を掴まれて、それを軽く立てていた僕の両膝間を通って下にある自分のその場所に当てる。
掌に質量と熱が当てられ、一瞬遅れて、ぼ…っと顔が熱くなった。
慌てて無理矢理触らされた右手を引っ込め、胸に抱くとぎっと露西亜へ向く。

「何すんの…!?」
「え? だから、平気だよって…」
「変態!」

今まで預けていた背を浮かせ、露西亜の膝に片手を置いて身体を捻って彼を一喝する。
変態呼ばわりがピンと来なかったのか、ぱちくり瞬く双眸が返ってきた。
苛々して両肩を上げて強く出る。

「だって、まだ全然触ってないのに勃ってるなんておかしい!」

始まってまだ間もないし、ずっと僕の方が慣らされてる感じだった。
さっきは急に触らされたからちょっと吃驚したけど、一応セックスなんだから、そろそろ僕も触ってあげないとと思ってたのに。
まだこっちが指一本も触れてないのに、普通勃たないでしょ。
だって恋人とかじゃないんだから。
多少無理に刺激させないと普通は…。

「ああ。だって僕、君が好きみたいなんだもん」
「…。…は?」
「だからもう平気だと思うよ。君結構色んな顔するんだね。見てて愉しいよ」

…。
一瞬、確実に時間が止まった。
ぴた…って停止した周囲全ての中で、露西亜だけがのほほんと首を傾けて笑いかける。
…遅れてまた彼がベッドヘッドから背を浮かせる。
片腕で僕を抱き、もう片方の指が布団の下でそっと下に触れて、また僕の首筋にキスしようと顔を近づけてきた所で慌ててその両肩に手を置いて制した。

「ちょ、ちょっと待っ…!」

でもそれは追いつかなくて、首の横に強く吸い付かれ両目をぎゅっと瞑って肩を上げた。
…って言うか今絶対痕着いた!
がッ…と露西亜の顎鷲掴みにして首から離させ、代わりに片手でキスされた場所を抑える。

「ちょっと…! 止めてよ!」
「あ…。ごめん。今の痕着いちゃった?」
「違う!そうじゃなくて…僕そういうの無理だから!」
「…? そういうの??」

惚けたその顔が本心なのか解ってやってるのか、ここにきて突然疑いが出てくる。
…だって、もし本気でこいつが僕のこと好きだったら、こんなのただの暇潰しレベルじゃなくなる。
突然重くなるし、色んな意味を持ってくる。
遊びで考えてた僕は、突然身体中の血液が顔に集まってきて心音が早まった。
耳鳴りがするくらい顔が熱くなり、心臓がばくばくいう。
慣れてない境遇に、どうしていいか解らなくなる。

「…や、止める」

とても目を合わせられなくて、そっぽ向いたまま呟いた。
腕の中から抜け出ようと、彼の肩に手を置いて立ち上がりかけた瞬間。

「…!!」

ぐ…っと太い片腕が僕の肩を掴んで、そのまままた僕を中に収めた。
尻餅をつく要領でまた同じ腕の中に落ちた僕は、慌てて顔を上げて露西亜を見上げて悲鳴を上げる。

「何す……!」

けど、悲鳴はキスで塞がれた。
やっぱり酒臭いキスになったけど、そんな嫌悪感とはまた別の焦燥感に焦らされ、慌てて肩を押し返し顔を離そうとしたけど、背中に腕が回ってるから逃げ道もそうそう無かった。
何とか唇離した途端、追って付け込まれる。
キスなんて余裕でできるはずなのに、うっかり鼻呼吸忘れて危うく呼吸困難になりかけた。
パニックになりかけてる所を、局部を撫でていた手が離れてぎくりとする。
片腿に下から手を添えられ、軽く持ち上げられて肩が震えた。
露西亜の肩に置いてた手の爪を、敵意を持ってその皮膚に突き立てる。

「ちょ…やだ!」
「どうしたの、急に。大丈夫だよ。恐くないか」
「やだ…!!」

本当に悲鳴みたいな大声上げてその肩に額を押しつけて拒否ると、ぴたりと腕が止まった。
…体が小さく震える。
かっこ悪いけど、腕が止まって場が落ち着いてもとても顔なんか上げられなくて、俯いたまま片手で目元を覆った。

「…そんなに嫌?」

震える息を吐き出すと、持ち上げてた僕の片腿を降ろして露西亜が人の顔覗き込もうとする。
空かさず横を向くと同時に、もっと顔を俯けた。

「何で急に嫌になっちゃったの? …痛かった?」
「ぁ…あんたが変なこ…」

変なこと言うからでしょ!って続けたかったけど、途中で喉が攣ったからもう続けるのは諦めた。
…呼吸が熱い。身体も熱い。
頭の中に湯気が入って、考えもよくまとまらない。
随分長い間沈黙だったと思う。
それでも何て切り出していいか分からなかった僕の頭上で。

「あ…。もしかして、僕に好かれるの嫌だった?」
「…」
「あはは。ごめんね~。隠してれば良かったかな? …でも、そんなに深く考えなくていいんじゃない? だからって君が僕を好きにならなきゃいけない訳じゃないもの」

露西亜が緊張感のない声で切り出す。
珍しくやけにはっきりした自虐的な言葉に引かれ、そこまで顔は上げなかったけど、こっそり俯く角度を弱めた。
それに気付いたのか気付かなかったのか、それとも気付かない振りができるのか、くすくす頭上で笑う声が響く。
…でも、その声が引くと小さな一言が追って出た。

「…それに、あんまり人に好かれないのとか、分かってるしね」
「…」
「誰かが僕を好きな訳ないもの」

同情を誘うような台詞だけど、それはまるで独り言みたいにその場にただ落ちていった。
僕に向けて発せられた言葉じゃなくて、自分に言い聞かせて諦めてる感じ。
…別に、そんな言葉に絆されるような僕じゃないけど、その気持ちは、何だかすごくよく理解る気がした。
だって、本当に誰かが自分を好きな訳ない。
好きだと言ってきたらそれは大概嘘で、騙されるの嫌だからノってあげない。
こっちからも好きになんてならない。
後々傷つくのとか悲しいのとか、もう絶対嫌だから。
…あと、それを踏まえた上で誰かに挑もうとかいう勇気も、僕にはないから。

「…ごめんね」
「…」
「でも、そんなの気にしないで遊ぼうよ~。折角ここまでやったんだから」

思わずぼんやりしてると、露西亜が小さく謝った。
…で、その後、つんつん…って僕の頭を人差し指で突っつく。

「よーっし。じゃあ、巻き戻ししよう♪ …えーっと。さっきは確か君が僕のこと『変態ー!』とか言ってて…。あ、じゃあ最近は誰とも寝てなくて溜まってたってことに……ん?」

ぶすぶす突ついてくる失礼な手首を、力込めて取って掴んで止めさせる。
…。

「…言っとくけど、僕そんな気ないから」
「…」

俯いたまま掴んだ手首をぺいっと放り捨てながら、何とか呟いてみせる。
何とか意地張らないと、引っ張り込まれそうで怖かった。
だって引っ張り込まれたって、どうせ嘘だし。

「うん。分かってるから、君は気にしなくていいよ」
「そんな気ないから。…ほんと、暇潰しだから。期待とかしても有り得ないか…っ」

言ってる途中で、俯いてた僕の顎筋に下から掬うようなキスが来る。
背を屈めてされたそのキスに押し出されるように、ちょっとだけ顔を上げざるを得なくなる。
…泣きそうな顔してるの分かってたし、赤いのも分かってたから、すぐに片腕で目元を隠した。
適当に折って伸ばしてた両足をやんわり引き寄せ、背中を丸めて蹲る。
泣きはしなかったけどそれっぽく見える僕の背を、露西亜が緩んでた片腕で改めて引き寄せた。
片手伸ばして顔面押し退けて離れようとしたけど、伸ばした手は取られて指の甲にちゅーって、まるで血でも吸ってるみたいな長いキスされたから、げんなりする。
キスが終わってすぐ、その場所を彼の胸元に押し当ててごしごし擦って拭いておいた。



露西亜が言うように巻き戻しじゃないけど、さっき僕が止めたのをやり直すみたいにして腿を掴まれ、膝の上に座り直される。
膝の上で身体を折る僕を上から覆うように抱き込んで、さっきからうなじに来るキスがいい加減しつこくて首を縮めた。
…繰り返すけど、キスくらい余裕でできるしタイミング掴むのも結構巧いと思う。
あんまり疲れるの好きじゃないから、挿れて奥を擦るこれくらいの感じが一番好きなはずだしさっさと終わらせられるはずなんだけど、何だか全てにおいて上手くいかなかった。

「…っ」
「…そこまで声抑えなくてもいいんじゃない?」
「…るさい…。早く済ませてよ…っ」

呼吸が露骨に伝わる耳の後ろの声と一緒に後ろから延びてきた指先が唇に触れる前に、肘を掴まれていない方の手で弱く叩いて落とすと、落とした後でそっちの肘も捕まった。
抱いてるっていうよりは押さえ込んでるみたいに窮屈な露西亜の腕に爪を立てて、緩く自分も動く。
だって任せてたら長そうだし、早く飛んで終わりにしたい。
やる気なさそうだし、自分でポイント探した方が絶対早い。

「…っ!」

集中したいのに、また耳元にキスがきて肩を上げて縮こまる。

「ね。何で顔上げないの? 別に恥ずかしいとかないんでしょ??」
「うるさい…。 ほんとうるさい。黙って」
「ふふ…♪」
「…!」

くすくす笑いながらまだ強く抱き締められ、角度が変わると同時に身体を押し下げられて挿ってたものが一瞬浅く引かれる。
逆撫でする感覚にぞわ…っと鳥肌が立つのも束の間、不意に先端がそれまで届いてなかった奥を擦って、全身が引きつった。
抱き締めてて押さえ込まれて、うっかり手を下のシーツに着いて身体を支えてるうちにいつの間にか体勢がバックになっててしかも僕が伏せてるし、慌てて起きあがろうと後ろを振り返りかけた所に、また頬に、この場の雰囲気に思いっきり不釣り合いなのんびりしたキスが触れて勢いよく顔を背けた。

「ッ、や……!」
「え…?何で?ほっぺなのに?」
「勝手にキスしないで!」
「今までしてたじゃない」
「わ…!?」

首だけ振り返って耳元にあった露西亜を睨んでる間にバランス崩して、片肘がシーツを滑った。
べしゃ!って右肩を白いシーツの上に落としたけど、顔が落ちた部分は枕があったからまだ良かった。
自分のミスにぶちっとこめかみが苛立ちに引きつり、更に背後からくすくす笑う声に腹が立った。
改めて両掌を着いて、顔面から突っ込んだ枕から顔を浮かせる。

「…っ、だから!今からしないでって言ってんの!いい加……っひぁ!」
「あ…。ここかな?」
「…!!」

突き抜けるような痺れに全身が跳ねた。
勝手に探られてポイント突かれて、そこからは馬鹿の一つ覚えみたいに突かれる。
シーツ着いてた手もそのうち震えてきて支えられなくて、また崩れ落ちそうになった直前、露西亜が背後から前に片腕回して、僕の肩を支えた。
そのままゆっくりシーツの上に下ろすくらいの気遣いできるんだったら一度抜けよと熱に浮かされた頭の端で悪態吐く。

「あ、ッ…、…ぅ…っ」

抱き押さえつけられたままの肩をシーツに押しつけて身動ぎする。
内股を伝う先走りが気持ち悪い。
手探りでシーツを全力で握ったその腕で顔を覆い、それまでと違って必死で口を閉ざした。
開けたら泣き声にしかならないから。
ローションあるって言ったって結局痛いは痛いし、嬌声とか無理だから。
いつもならしてやってもいいかなとか思う時もあるけど、今日は嫌だ。
絶対嫌だ。

「…あれ。静かなんだね」
「…っ、く…」
「やっぱり、綺麗じゃなくて可愛い方かも」
「っ…!!」

特別深く突かれた訳じゃないけど、ガリ…ッと一際大きく内臓に音が響いた気もして、それで痺れるような快感と先端まで突き抜ける熱。
思わず顎を上げて声を上げそうになったけど、何とかそこまで出さずに済んだ。
…上半身伏せた状態で腿とシーツにかかったどろりとした自分の白濁を見下ろしながら、荒い息で深く何度も呼吸する。
外に飛び出したその液体が体内の熱を殆ど持って行ったみたいに、急速に熱が引いていく。
目を伏せて、シーツに横頬を付けたまま、残った白濁が先端から流れきるのを待った。

…汗かいて髪が頬とか首に張り付いて、邪魔。
でもそれを払うのが面倒くさくて、顎をシーツに置いたままゆっくり息を吐き出して呼吸する。

「ん……ぁ…」
「あ…。終わっちゃった?」

体力的にっていうよりは精神的に疲れた。
たった一回で何でこんなに疲れなきゃならないのか訳が分からない。
指先で垂れ落ちる横紙を耳にかけてると、ひょっこり、露西亜が僕を抱いたまま肩から顔を覗かせた。
その声がまだ熱を持っていて、ぎくりとする。
…そう言えば、別にお腹の中はそこまで熱くないし、あのどろりとした気持ち悪い感覚もない。
恐る恐る、ちょっとだけ顎を上げてぼんやり視線を上げる。

「あ…。やっと目が合った」
「…」
「なんだ。全然冷感症じゃないじゃない。もっと大変かなって思ってた」

目があって、人懐っこい…何か、本当に嬉しそうに緩んだ顔があった。
遅れて、猫が挨拶するみたいに顔を寄せてきて涙の溜まった目尻に口を寄せて吸う。

「顔赤いね。大丈夫?」
「…普通赤くなるでしょ」

泣き顔とか、見られるの嫌だけど…だってこれは生理的だから別にそこまで嫌でもない。
鬱陶しくて、僕はまたすぐ顔を背けて俯いた。

「ふふ。そうかも。…でも、僕まだだから、もう少しね」
「…は? やだよ。…僕もう終わったから寝るから。後は自分でやれば? 一回付き合ってやったんだからありがた……やだってば!」

また頬キスされて背中に片手を置かれたから、慌てて身を起こそうとしたけど結局逃げられなかった。
人の言うこと全然聞かないし…!
もう最悪。

「中に出したら殴るから…!」
「うん。痛くないから別にいいよ」
「僕がお腹壊すから嫌なの!」

その頃になるとある程度気が緩んで、背後にある露西亜の顔をぐぐぐ…っと、力一杯拒否った。
もう絶対寝ない。
二度と寝ない!
口癖のように十数回繰り返し、露西亜を蹴り飛ばして布団全部奪ってベッドの端に丸まったけど、丸まった布団ごと捕まってずりずりまた引っ張られてキスされた。
…初めて知ったけど、イメージに不釣り合いなキス魔と甘え癖にげんなりしながら目を伏せた。


Hiti



「…った」

ごん、って。
額に何か当たって、寝ていた意識がぼんやり浮いた。
部屋の明かりは消してるけど、目が闇に慣れてて近距離なら多少は見える。
こんな広いベッドなのに、まるでお気に入りの人形を抱いて寝る子供みたいに、露西亜が僕にひっついていた。
横向いて寝てた僕の髪に鼻先を埋めて、だから今額に当たったのは彼の顎辺りらしい。
ゆったりとした、聞いてる方も眠くなってくるような寝息がやけに大きく耳に残って、すぐにこっちもまたうとうとしてくる。

「…」

…だって温かいから。
冷たい風が窓ガラスを叩いてる。
降り止んだとしても、積もった雪は空気を冷やして夜を一層冷たくする。
…小さく身動ぎして腕の中で身体を丸め、目の前の白い首筋とすぐ下のシーツの間に鼻先を埋めるみたいにして、僕はまた目を伏せた。
ぴとりと首筋の皮膚に頬を寄せると、脈まで伝わってきて、それにこっちの心音が重なって…そのまま一緒になれそうな気がする。

「…。……あったかい…」
「 …ならよかった」
「…!!」

聞こえるか聞こえないかの小さ過ぎる声に、全身が引きつって凍り付いた。
閉じていた両目を見開いて、微睡んでた意識も一瞬で覚めたけど…でも動けなくて、そのまま知らんぷりして眠ったふりをし続けた。
あのゆったりとした、眠ってます的な呼吸は変わらず一定のリズムで吐き出されてて、数秒もすると緊張のせいか今聞こえてきた声は空耳だったんじゃないかと思い出したけど、でもこの胸にどっしりくる絶望感みたいなのは絶対気のせいじゃないから。
逃げ出せないまま、眉を寄せる。
…最悪。
本当最悪。
今日という一日が朝から全部、カレンダーから消えればいい。
あの時、吹雪の中を帰れば良かった。
寒くて痛くて綺麗な風の中を、ひとりで帰れば良かった。
本当、帰れば良かった。
…内心泣きそうになっていると、背中に回ってた両腕が、気のせいかもと思うくらい少しだけ、強くなった。
いつもなら拒否って飛び起きるけど、やっぱり動けなくて、忘れよう忘れよう…って。
そのまま力一杯目を瞑った。





…明日、どうやって起きよう。
いつも誰かと寝た後って、どうしてたっけ。
それだけが不安で、暫く眠れないまま無理に目を伏せていた。


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