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「ねえ。プレゼント何処に置くの」
「んー?」

キッチンで生クリームを泡立ていると、入り口からアイスが顔を覗かせた。
クリスマスカラーでラッピングされた割と小さなプレゼントを両手で持ち、まるで置き題みたいにその上にちょんっと乗っかっている飼い鳥のリボンまでいつものと違う、模様の入った上等の赤リボン。

「何だ何だ。随分用意が早ぇんなー」

可愛さに負けて、既に焼き上がってたスニッタルを1つ抓んで端を割り、細かくしてから片掌を嘴先へ伸ばしてやった。
少し迷ってから砕けた粉末を突き出すそれの頭を指先で一撫でしてから、残りの分に生クリームを適当に付け、こっちはアイスの口先に差し出してやる。
無言のままぱくりと食い付く姿に小さく笑って、親指でリビングにあるツリーを指差す。

「またツリーの下がええんじゃねぇけ? そこにすっぺ」
「ん…。…ねえ。これお兄ちゃんのだから。間違えないで」
「おー。…俺もそろそろ出して来なくちゃなー…。なあ、生クリーム甘さどうだ?」
「知らない。いいんじゃない」
「ぅおっ…と」

突然回れ右してキッチンを出て行く主人に慌てて、食事中だった鳥がばたばたと翼を忙しなく羽ばたかせ俺の手首に飛び乗る。
可愛いんだが調理中なんで、小皿の上に残りの粉末を移すと、床に置き、右足の爪先で軽く蹴ってキッチンの端に寄せ、シンクから離しておくことにした。
両手を洗って再び料理の続きをしようと、少しずり下がってきていた袖を捲り直したところで。

「じゃ、僕帰るから」
「…あ?」

すちゃっと片手を上げるアイスに驚いて、また顔を上げる。
本気で手荷物をまとめだし、ハンガーにかけてた上着に袖を通す姿を見て、手を拭くのも忘れ慌ててリビングに出ていく。

「ちょっちょ、待て待て!何だおめえ、帰るんけ。晩までには戻ってくんだろ?」
「戻らない」
「はあー!? 何でえ!クリスマスだぞ!?」
「だから。…て言うか水垂れてる」
「お。わ、ととっ…!」

当然だが、手首をぶらりと下げていた濡れた両手の指先からぽたぽた水が床に落ちていたことに気付いてエプロンの裾で乱暴にさっさと拭いとく。
その間に上着のボタンを留め、アイスが唇に指を添えて短く口笛を吹いた。
飯を食ってた鳥が顔を上げ、短い翼を広げるも飛び立つことはせず、ペンギンみたいに短い足でぺちぺち床を蹴って自分の主人の元へ駆けていく。
その場に屈んで伸ばした片腕に飛び乗る飼い鳥を、立ち上がってから肩に移動させた。
本気で帰るらしい様子が意外すぎて、思わずその様子を呆けて見送る。

「…本当に帰んのけ?」
「さっき言った。…何。耳悪いの?」
「だっておめ…。毎年イヴは3人で過ごしてっぺな」
「だから」
「あ?」
「…あんた結構馬鹿だよね」
「は? ちょ…おい!」

冷めた目で言い放ってからくるりと方向を変え、すたすた歩き出してリビングを出て行くアイスを後ろから追って付いていく。

「なあアイス、晩までにゃ戻って来いって。ケーキあるぞ、ケーキ。食うっぺ?」
「いいから続き作ってれば」
「ちっ…と、待てって!」

理由も言わないその態度に流石に苛立ち、右手で肩を掴んで引き留めた。
そんなに強く掴んだつもりはないが、振り返ったアイスが一瞬顔を歪めてたんで、慌てて力を緩めはするが放しはしない。

「理由言え、理由!何も言わねぇでそーゆーんは止めろ」
「うるさいな…。だって面倒だったし。プレゼント買うの」
「…あ?」
「あんたに」

ヴォ、と鳥が頭上で鳴く。
…。
…えーっと?
一瞬何言ってるか分からなかったが、数秒もしないうちに言いたい事に思い至る。
変に核心を突かれた気分になって、妙に焦った。

「や…でもよ、ノルは毎年おめえと過ごすんを楽しみに……って、おい!アイス!!」
「ケーキ残しといて。明日食べる」

今度こそ振り向きもせず、アイスは玄関を出て行った。
ガチャン、とドアが閉まった音が響いて数秒経ってはっと我に返り、ばたばたと玄関からリビングに移動して窓枠に片手を添えて庭の方を覗くと、本気で道の方へ出て帰って行くアイスの後ろ姿が見えた。
…。
…つーか。
玄関出て行った時点で追いかけない辺りにちょい自己嫌悪…。
姿が見えなくなってから、屈めていた背を戻して指先で頬を掻く。

「…。あー…っと…?」

誰もいないっつーのに、場凌ぎみたいにリビングを見回してから片手を腰に添えてもう片方の手で横髪を意味鳴く撫で上げた。
ロウソクやら飾りやら吊り下げた状態でここ最近リビングを陣取ってるクリスマスツリー。
その足下にアイスが置いていった小さな立方体のプレゼントだけがぽつんっと寂しく置かれていた。

To karlighed



近くの教会からの帰り道。
時間はそれ程でもないが、日は沈んですっかり外は暗くなった。
寒さに震えて家に戻り、一度上着を脱いだが、こりゃ迎えに出てやっかなーとか迷って袖通した辺りでベルが鳴り、自分家でのミサを終えたノルが家に来た。
道中相当寒かったらしく、鼻の頭が赤くなってる辺りに苦笑する。

「よう、ノル。今迎えに出てやっかなーって…」
「…God jul」
「あ? ああ、Gladelig ju……だっ!」

すっかり忘れてたメリークリスマスを言いながら片手で握手し、目を伏せて軽く頬を合わせた…直後、ばっし!とマフラーに横殴りにされた。
衝撃自体はそれ程じゃないが、反射的に声が出る。
あんま気にしてないが、一気にぐちゃぐちゃに乱れた髪を片手で撫でて戻す。

「おめえなあ…」
「はよ退け。…んでこれかけとき」
「…っと!」

俺の首にかかったまんまになってたマフラーに加えてグローブ、コートとぺぺっと投げて寄こされ、両腕に抱えて我が物顔でリビングへ歩いていくノルの背を追う。
…まあ、俺ん家の勝手にゃ慣れてるしな。
自分の分と合わせてクローゼットにコートの類をかけてる間、ノルは持ってきたプレゼントを例年と同じようにクリスマスツリーの下へ置こうと近寄っていったが、そこに置かれている中途半端な個数のプレゼントを見て手を止めた。
クリスマスツリーの根本にはアイスの他に俺が用意した2人分も置いてはいるが、4個ではなく計3個というのは突っ込み所満載かもしれない。
…聞かれたどー答えっぺ。
なーんて思ってたが、ノルの持った違和感っつーのはどうやらプレゼントの個数ではなかったらしい。
一応持ってきたプレゼントを置いてから、きょろっと部屋を見回し、立ち上がって隣の部屋も少し顔を覗かせてから、戻ってきて最後に俺を見た。

「…アイスは?」
「あ?」
「もう来とるべ?」
「あ、あー…。それがなあ…。今晩は抜けられない予定があるっつって、帰ったんだわ」
「…」
「一度来たんだけどな、ミサの後に何かあるんだと。ケーキとっとけとよ。残しとかねぇとあいつ怒っからな~。これじゃ今晩俺らあんま食えねえなあ~!」
「…。…そ」

なるべく明るく笑いかけながら咄嗟に嘘が出た。
アイスがいないんなら帰る、…なーんてことは流石に言い出さないだろうと思っていたが、内心ちょっとばかし不安になりながらちらりとノルの表情を盗み見ると、視線が下にさがっていることに気付く。

「お、おいおい…。勘違いしてやんなよな」

俯いたせいで垂れる横髪を耳にかける様子を見、何となく考えてることが読めて慌てて片腕を軽く上げフォローしとく。
ちらりとノルが視線を上げた。

「…何が」
「あいつは用事があっからってだけで、おめえと過ごしたくねえって訳じゃねぇかんな。今日はクリスマスだっぺ?。他人の俺は兎も角、兄貴のおめえと過ごしたかったに決まって……」

そこではたっと気付く。
今自分が喋った言葉がぐるーっと宙を一回転して戻ってきては、ぐさぐさ胸に突き刺さる。
…言葉途中で黙り込んだ俺を、ノルが訝しげに見てきた。

「…何。どしたん」
「あ、いや…。決まってっぺなー…って」

何とか言葉を続けつつ、後悔の念にぼーっとしちまう。
…そりゃあそーだよなあ。
いくら俺とノルの関係を知ってるっつったって、今夜はクリスマスイヴだ。
あのおチビは普段甘えられない分、イベント時は本心じゃ兄貴と一緒にいたかったに決まってる。
ノルだって見ての通りだ。
俺が言い出したことって訳じゃないが…。
…何か、悪いことしちまったなあ。
フォローしてたはずが、今度は俺が軽く俯いて片手を腰に添え、もう一方で適当に髪を掻き上げた。
…。

「…別に、構んわ」
「ん?」
「アイスにも予定くらいあんべ。明日来んなら、それでええし。…そんで、晩めしゃん支度は?」
「…」
「…おい」
「あ? …ああ、メシな。出来てる出来てる。ちっと待っちろ」
「ロウソク火ぃ着くっとらんし…」

ダイニングのイスに引っかけてあったエプロンを首にかけてばたばたキッチンへ向かう俺の背で、ノルがライター片手にリビングのツリーにかかっていたロウソクに火を着けて回った。
あとは殆どスープ温めたりフレスケスタイ切り分けたり、出来上がった料理をパスして並べんのとか頼んだり、恙なくいつも通りのイヴ。
…ちょくちょく盗み食いしたり、働きもしないでイスに座って遅いとか何だとか文句だけたれてるアイスがいないことを除いては。







食事の出来も良かったし、静かな夕食は上々だった。
イヴにしちゃ3人ってのは少人数過ぎだが、まあ、毎年こんなもんだ。
スヴィーなんざもっと酷い、毎年1人だ。
随分昔に一度呼んでやったが、自分が行くとフィンだけが除け者になるからっつーんで断られた。
俺たちには上司やら部下やら国民はいても、家族ってのはもう諦めてる。
昔は窓から眺めるぎゃあぎゃあちびっ子が走り回る大人数のクリスマスパーティに憧れて、家族が欲しくて駄々を通した時期もあったが、結局無駄だっつーことが分かった。
3人ではしゃげったって無理なんで、だから毎年騒ぐっつーか、のんびり過ごす。
アイス自身静かなもんだが、それでもいるのといないのじゃ全然違う。
別に沈黙がダメって訳じゃない。
始終クリスマスキャロルは流してるし。
ノルと二人っきりってのはかなり嬉しいはずなんだが…。
…。
…何かなあ。
後ろめたさが消えない。

「…うーん」

1人キッチンで呻りながら食器を洗い終わった両手でぱっぱと水気を払う。
タオルで拭いてから、ぼーっと火にかけたホットワインを眺める。
小鍋の中で踊る数種類のスパイスを見ているうちにうっかり沸騰しかけ、慌てて火を止めた。
スパイスが偏らないように気を付けながらカップに注ぎ、注ぎきった頃には漸く決心がついた。
…ん。
ダメだ、言ってやろ。
こんなうじうじした気分でイヴが楽しめっか。
それに、さっきはフォロー入れておいたが、まだノルの方で、アイスは自分とイヴを過ごすのはもう嫌になったのかもしれない…なーんて思ってっかもしれない。
何よりも家族を大切にしなきゃならないこの日に、そんな馬鹿なすれ違い許せるか。
2人分のカップと昼に焼いたクッキーを適当に皿に載せ、木製のトレイに乗せた。
…これ飲んだ後、飛行機飛ばしてアイスん家に乗り込むか。
どうせ家にいるだろうしな。
大して重くもないが、よいせとかけ声付けて両手でトレイを持った。
キッチンを出てリビングに入ると、ツリーの傍にあるソファの端にノルは座ってた。
ソファの置き方からこっちに背を向けてたんで、俺が入ろうとしてたことには気付かなかったらしい。
じゃなかったら、タイミング良く歌なんか歌い出す訳がない。


  …Stille natt…, ellige natt….
  Alt er rolig…,
  er alle lyse…♪

「…」

ひっっっっっっっっっさし振りに聞く透き通るテノール。
思わず踏み込もうとしていた爪先がびしっと固まる。
盗み聞きして悪いなとか、そんなこと考えるより先に持っていたトレイを音を立てないようにそっと近くの棚に置き、自分は傍の壁に寄りかかり、ソファの背ごしの後ろ姿を眺め、やがてもっとよく聞こうと目を伏せた。
小さな声だったが、その分か細く天に届く美しさがある。
毎年食後にキャロルを歌うが、巧いくせにノルもアイスも滅多に人前で歌おうとしないもんで大体俺が担当だ。
俺ん家とは違う言葉での聖夜に聞き惚れていると、二番の半ばに差し掛かった辺りで唐突に…。

 __ばふっ!!

「ぶっ…!」

真正面からクッションがぶん投がってきた。
目を閉じてたせいで避けも受け止めることもできず顔面にくらうも、傍の棚に置いたホットワインに落ちたら大変だと思い、ぶつかった後ぼとりと落ちるクッションを腹のあたりで両手で受け止めた。

「…。…最悪」

目に入った埃を手で擦ってる間にぽつりとノルのそんな声が聞こえた。
どうやら盗み聞きしていたのがバレちまったらしく、キャロルは中止。
観念して、苦笑しながら置いたトレイを持ってその傍へ寄っていくことにした。

「悪ぃ悪ぃ。巧ぇからよー。聞き惚れちったんだって」
「…チップ」
「ほい」

チップ代わりにクッキー1つを抓んでそれを口先に持ってってやる。
前歯で軽く咥えた後で俺の手を払い、持ち直して素直に食べる姿に苦笑しつつ遅れて湯気立つカップも手渡してやってから隣へ腰掛け…る前に思い出して、ツリーの下にある5つのプレゼントへ近寄った。
背を屈めて1つ取り上げ、ソファに足組んで腰掛けたままでいるノルへ向き直る。

「ほれ」
「…」

両腕を広げて誘うと、面倒臭そうにカップを置いて立ち上がった。
傍へ来て佇むその片手を取り、ぎゅっと握って目を見る。

「親愛なる諾威。メリークリスマス!他の誰よりもおめえを愛してっぞ!」
「…!」

出会い頭の挨拶と同じように、握手して頬を合わせ、力一杯ハグする。
抱き締めて速攻で身動ぎされ、何とか右腕一本俺の両腕間から取り出すと、がっと顎を押し退けられた。

「ぬしゃ…っ、加減しろっつってっべ…!」
「あっはっはっは!」
「笑い事じゃねえし…」
「…。…あのなあ、ノル。実はな。アイスのことなんだけどよー…」

何だかんだでこの状況にはちょっとばかし未練はある。
両腕を緩めないまま目を伏せ、ノルの肩に顎を置いた。
癖のある髪が丁度鼻先にかかり、良い匂いが鼻孔を擽る。

「聞いた話じゃ、あいつな、本当は用事なんざねえんだとさ」
「…」

小さな声でも耳元だから聞こえるだろ。
ぽつりと呟くと、ノルが俺を引き剥がそうと掴んで引っ張っていた背中の服から爪先が離れた。
…あ。こりゃ勘違いしてるなと思って、フォローを足す。

「でもな、違ぇんだわ。勘違いすんじゃねえぞ。おめえが嫌いとかそーゆーんじゃなくてな、ただクリスマスプレゼむ…っ!!」

喋ってる途中でガッ…!と顎下に掌を添えられたかと思ったら、真上に押し上げられた。
ぐぐぐぐ、と下から全力で口を塞がれ、目線は必然的に天井を向いて顔が下げられなくなる。
ったく人が真面目な話してるっつーのに、突然何さらす!と突っ込もうとした時。
ノルがぽつりと口を開いた。

「…勘違いせんで」
「ふぇぃ…?」
「アイスがひとっで決めたことだかんな。俺はんなプレゼント頼んだ覚えねえし。普通んがええべ思とったし」
「…あ?」

その言葉を聞いて俺らの間の妙なズレに気付く。
丁度顎の骨がみしみし言うのが聞こえてきたんで、あんま離したくなかったが、抱き締めるのを止めて顎を押し上げているノルの手首を取ると降ろさせた。
じんじん痺れてる顎に手を添え、少し左右に動かして軋みを直してからぱちくり瞬いて目の前のノルを見る。

「おい…。何か話ズレてねぇけ?」
「…?」
「こいつぁ俺へのプレゼントだっぺな?」

両腕を軽く持ち上げ、今の時間を示してみる。
アイスから貰ったノルと2人の時間ってのが俺宛のプレゼントなら、ノルはそのことを知らないと思ってたが、今の発言からすると…。
…。
…ん?
何か分かんなくなってきたぞ。

「…」
「…」
「んーっと…」

お互い沈黙して相手の言動から予想を立て出す。
大体これか?と思う予想が立ってため息を吐くと、ノルも何となーく理解したらしく投げたように顔を背けて目を伏せ、小さく息を吐いてた。
目の前のノルをびしりと指差し、試しに聞いておく。

「おめえだって…。来た時アイスはいねぇのかっつってたっぺな」
「…ほんとに来てねんか聞いただけだべ」
「ぁあ…!? っつーと何か。おめえもこれもらったんけ?」
「人んこと指差すな」
「いでっ」

ノルを差してた指先を動かし俺とノルを交互に示して声を張ると、ばっし…!と速攻でその手を叩き落とされた。
まあ大して痛くもないが、左手で叩かれた手の側面を撫でながらふっとクリスマスツリーの方へ目をやる。
下に転がってるアイスが持ってきたプレゼントが気になった。
俺もノルも同じのもらったっつーんなら、物体的なプレゼントなんざいらないはずだ。

「んじゃああれ何だっぺ。おめの分っつってたぞ?」
「…おめの分だべ」
「開けてみっか」

ツリーに向かう前にノルの瞼に軽くキスしたらぶっ叩かれた。
じんじんする横っ面に涙しながらツリーの前に屈んでアイスが持ってきた小さなプレゼントを手に取る。
リボンを外したところでノルも傍に来て、後ろから背を屈めて覗き込む。
おめの友達の分じゃねぇか?…とか言いながら包みを開けると…。
…。

「…あー…」
「…」
「………………香水、だな」

クリスタル細工みたいに綺麗に輝く小さな小さな香水が入ってた。
小さいながら上物の箱に入って赤青白のプリザーブドフラワー付き。
色的に確実にノル宛のように思うが、箱から取り出して掌に載せてみた。
めちゃくちゃ小さい。
…つーか、香水?
花や菓子と違って多分に好みが出る分、あんまプレゼントするようなもんじゃねえわな。
おチビはおチビなりに気ぃ使ったんだろうが、ガキの可愛い発想に思わず苦笑しちまう。
まあ、兄弟間ならお互い好きな香りくらい知ってるものかもしれないが、生憎家族のいない俺にはその辺の親しさの具合がよく分からないんで流しとく。
指で抓んで蛍光灯に翳してみた。

「マセてんな~…。ノル、この銘柄知ってっけ?」
「…。知らん」
「ほー。どんなんだべ」

いつもとは微妙に間の違う切り返しに騙された振りして蓋を取る。
左袖の釦を外して自分の手首にかける振りして、直前でば…っ!とその口を真横に向けた。

「…!?」
「どりゃ!」

反射的に片腕を上げて顔を背けたみたいだが、完全に油断してたんで見事に成功。
鎖骨あたりに吹っかかった。

「あっはっはっは!やっぱこーゆーんはおめが着…」
「去さらし!!」
「お…、っと」

瞬間、ノルが振り上げた手にさっき喰らった一発よりかなり本気を感じ取って、流石に受けに入った。
右手を顔の左に持ってきて、掌でぱしっ…!と受け止める。
そのまま拳を包み込んで降ろさせた。

「おいおい。何ムキに…。…あ?」

そこでふっと一気に部屋に広がってた香りの中身に気付く。
近距離で、しかも顔から近い鎖骨になんか当てたもんだから匂いがきつくてきつくて鼻が狂いそうになる、が。
それはそれとして…。
…。

「あー…」
「…離し。…シャワー浴びてく」
「あ、いや…。俺ぁ別にこれなら濃くても…」
「離し!」

掴まれてた片腕を全力で払って、足早にノルがリビングを出て行こうとする。
反射的に手首を掴み取って怒鳴られる前に引き寄せ、一度キスしてからまたすぐ離してやった。
振り返りもせず、珍しく逃げるようにばたばた出て行く姿を見送ってから、掌に残った香水瓶を見下ろす。

「あんにゃろ…」

ここにいない送り主に半ば呆れ、思わず苦笑する。
ちょっと好きってだけで国花なんてあんまり気にしたことなかったが、こう来られると妙な高揚がある。
ツリーの横で1人ため息ついて、マーガレットの香りが充満するリビングで腕を組んだ。






シャワールームから出てきたノルとバトンタッチして一浴びしてきてからリビングに帰らず寝室に向かうと、既にノルもそこにいた。
ベッドから少し離れた簡単なソファセットで本を読んでたが、開けっ放しになっていたはずのカーテンが引いてあったんで思わず可愛さに笑い出しそうになった…が、踏ん張ってにやける程度に留めておく。
ベッドの傍に先に行って短く名前を呼んでやると、心底面倒臭そうに本を置いてから歩いてきた。
エスコート気取って掌を上にして片手を伸ばす。
日中じゃ十中八九叩かれるが、そこにちょこんと冷たい指先を乗せてくれるとまだやってないってのにただそれだけで突然俺だけのものになった気がして、この時点で満足することも多い。
言っちゃ悪いがメインは当にその瞬間で、個人的にはその後のあれやこれやはちょっとしたおまけだと思ってる。
昔がっつり組み敷いて毎晩強要したことがあるが、あの辺りの経験があって身体的な繋がりは精神的な繋がりより全然幼稚で意味がないことは学んでた。
…だもんで、別に急ぐことも無理することもない。
苦痛なら止めたっていい。
スロウに引き寄せて深くキスして、マイドリイに肌に触れる。
要はそこにいてくれて、気を許してくれているのが解ればそれで十分幸福だ。

「っ…」

ぴくっと白い肩が僅かに震えて、目の前にある項に当てていた唇を離して顔を浮かす。
シーツに置いた片腕に顔を押し当てて伏せてるんでノルの顔は見えないが、快感で震えたんじゃないことは綺麗な指先がシーツを握ってる強さで何となく解った。
…痛いんだろう。
頑固で言わねぇから、察するのはこっちの義務だ。
自分で寝るには皺とかあるのが気に入らなくてぴしっと毎日引っ張ってるから、痛みを散らす為に掴むには俺のベッドのシーツは適してない。
向けられた背中にキスしてから上から片腕を伸ばして離れた場所に手を置き、シーツを掴むとスプリングの下に挟んで入れてたシーツの端っこをぐっと引っ張って取り出してやった。
少しは握りやすくなるだろ。
片手をノルの伏せた顔の横に着き直し、呼吸がある程度収まるのを待ってると着いた手の首に指先が伸びて添えられた。
肩胛骨と項へキスして返す。
…低い呼吸が一定になって緊張してた躯がまた緩まった頃、そっと挿れてたもんを進ませる。

「っ…、…ぁ」
「…無理すんなよ」

言ってもまあ大体は聞かない。
心配になって声かける度に頑なに閉ざそうとするんで本当は黙ってんのがいいのかもしれないが、言わない訳にはいかないだろう。
例の香水は実にいい。
さっと湯を浴びただけのせいか、“ちょっと濃い”程度の絶妙な加減で嗅覚を擽ってくれてる。
何度首筋や鎖骨や胸板にキスしたか分からない。
いつもの倍近いんじゃねぇかな…。
ノルは他でもないノル自身のもんで、俺のもんー…なんて馬鹿みてぇなことはもう本気じゃ思ってないが、今一瞬だけでもちょっとそれに近づけた気になる。
本当、それだけで満足だった。
…だから、一端緩まったと思った躯がちょっと進み込んですぐまた止まった時、もうここまででいいんじゃねぇかなって、退こうとした。
無理しなくても、他に方法はあるしな。
外す前に肩へキスしようと顔を詰める。
瞬間。

「っ…!」

ぎ…、と手首に添えられてたノルの手が突然爪を立てて皮膚に食い込んだ。
ぴりっとした痛みに思わず顔を顰める。

「…」
「おい、ノ…」
「………止めるん…?」

肩でしてる荒い呼吸の合間。
痛ぇって~!…と冗談交じりで伝える気だった所にぽつり、と。
不意に延々顔を腕で覆っていたノルが、顔を浮かせて枕に横頬を置いて前髪の間から少しだけ振り返った。
丁度肩にキスしようとしてたんで鼻先の近距離。
白い肌に滑る金の髪。
そこから覗けるネイヴィ・ブルーは高揚してた頬のせいでかなり映えていた。
…一度視線が合うも、逃げるようにすぐ俯くと飾り止めがなくて垂れる前髪で顔を隠し、身動ぎして少し肩を上げる。
シーツを握ってたもう片方の手も俺の手首に添え、立ててある爪がまたぐっと深くしてから、こつん…と猫が挨拶するみたいに頭で俺の額を突いた。

「……」
「…」

ちゅっ、と音を立てて両手を添えてた俺の手へ口付ける姿に、躯の内側を熱が走って鳥肌立つ。
…慣れたつもりでいても気付けば忘れてて、時々不意打ちでその美貌に気付くことは結構多い。
独占欲なんかもうねえぞ、なんて言っておいて何だが…。
完全に消すことも無理なそれが充たされてく。
香水に酔ってるらしい高揚した涙目に気付かない振りして、今度はこっちから軽く頭を突く。

「…痛かったら言えな」
「……ん」

皮が裂かれて血が滲み出してた手首から両手を離させ、左手の甲に手を添えてシーツに縫い止めてから長いキスを1回。
そっからシーツに膝着いてた内股を掴んで寄せると、ぐ…っと少し無理を押して奥まで貫いた。
こりゃあどこぞのマセガキにくれてやるケーキ、今日作った分の他にもう2,3ホール追加しねぇとなあ…と思いながら、首に添えてくれた白くて細い手を堅く握り、聖夜を祝した。



毎年のように1回で止める気だったってのに、アイスがいる時と違って寝室外でわいわい騒ぐ時間がなかった分、明け方までの時間が余りに余った。
勿論途中ちょろっと寝たしそのまま寝続けても良かったんだが、ここぞとばかりに次へ次ぎへと誘いに惹かれて何だかんだやって返してるうちにカーテンの向こうを薄日が差して、朝の鐘が鳴り響いていた。

「…マーガレットっつーのはな」

ベッドに腰掛けて両足を下ろし、小瓶を高く放って落ちてきた所をキャッチする。
キャッチするんで動かした片腕に遅れて俺に移った香りが風圧にのり、ふわりと香った。
もう随分空気中も薄まった感じだがまだ仄かに香ってる。
この濃度もなかなか良い。

「友情と愛の花だ。…知ってんだろ? “真なる友情”と“誠実な愛”」
「…」

肩越しに振り返ると、まだ裸のままベッドに横向きに寝そべってたノルと目が合う。
合った途端に目を伏せて首を縮め、丸くなって首の上まで布団をかぶってそっぽを向くかのように枕に鼻先を埋めた。
その反応に小さく笑う。
世間じゃ両立は不可能だとか何だとか言われてるが、俺はそうは思わない。
国っつったって自我がある。
途中傾いたり崩れたりしたこともあったしすることもあるだろうが、今までもこれからも、ずーっと上手く続けてやってみせるつもりだ。
…シーツに片手を付き、背を傾けて横たわってる親友と恋人に顔を寄せる。

「メリークリスマス。…2っつの意味で、誰よか愛してる」
「…」

目を伏せて鼻の頭で細い前髪を退かし、額にキスしてそっと伝える。
顔を離そうとすると首の後ろに手がかかり引き留めてくれたんで、枕から少し顎を上げたノルへ深く口付けし直した。








翌日午後にアイスがベルを鳴らした。
玄関で迎えてすぐ、昨日できなかった親愛のキスを忘れずに。
感謝を込めていつも以上に多くしてやると少し赤くなって片腕で払われた。

「ちょっ、と…。止めて」
「あっはっはっはっ!」
「笑い事じゃないし」

小さな王子を出迎えて、手を伸ばし、コートとマフラーを脱がせてやる。
それらを片腕にかかえた所で、ぽんっと頭上に手を置いた。
上目遣いにアイスがこっちを見上げる。

「なあ、アイス。あんがとな。…けどな、もうええかんな。おめえもいねぇと始まんねえわ」
「は? 何勘違いしてんの。…正直、あんたにじゃなくてお兄ちゃんにあげた時間だったし」
「さっきノルとも話したんだけどなあ、やっぱクリスマスは家族で過ごさなきゃなーってな。…おめえがいねぇとやっぱ俺もノルも寂しんだって」
「…」
「今日はいられんだろ? な?? ほーれ入れ入れ!ちょーどっこ茶ぁにすっぺーってトコでよ~!」

リビングに連れてってやろうと向かうと、廊下にひょこっとノルが迎えに出てきた。
無言のままアイスへ背を屈めて頬を合わせ、キスを交わす姿が微笑ましい。

「…。何」
「いんやあ、別にぃ~? …あ、いで!…うお、こ、こらっ。いででで…!」

によによしてるとアイスの頭上からひょいっと飼い鳥が俺の肩に移り、耳朶をカカカカ…!と小気味良く突かれ、慌てて摘み上げると傷ついた耳に片手を添えながら床に落とした。
午前中ノルがぶっ通しで寝てる間、最近ないくらいの上機嫌と絶好調でちゃかちゃかケーキを作り続けてたんで…。

「ほれアイス!おめの分のケーキだぞ~っ!好きなの食ぇよーっ♪」
「…」
「…馬鹿じゃない」

お茶の時間にテーブルに所狭しと並んで披露してやると、兄弟揃って呆れ顔でため息着いた。



めちゃくちゃ嬉しい一晩だった。
…けど、俺だけでノルの幸せを形成できる訳がない。

「2人もええけど…。今日は3人で愉しもうな」

食後にコーヒー入れてるところ、ノルが小皿を取りにキッチンに取りに来たんですれ違い様頬にキスし、アイスのいるリビングへ出て戻った。


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