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「…おかえり」
「…」

邸宅の外。
はらはら舞う雪の中、門に寄りかかってクソ寒い中で待っててやっると、予定時間を大幅に遅れて目の前に停まった馬車から、デンが沈んだ顔で降りてきた。
目線を交わさないまま片腕を上げて御者を追い払ってからすぐ抱き締められたが、今日だけは許してやっかと寛大な心で受け入れ、阿呆の肩に顎を乗せ、黙って目を伏せた。



最近はなかったことだが…。
阿呆とスウェーリエが喧嘩をし、調子に乗ってた阿呆が負けて俺は数日後スウェーリエの家に行くことになり、今日はその最終的な会議だった。
サインの日は翌日。
もちっと詳しく言うと、あと10時間とちょっとだ。












どうせやることになるだろうと思ってたからシャワーは浴びてたし、まあええけど…。

「…着替えて茶ぁくらい飲めな」
「…」

言っても無視して、ツカツカと踵を鳴らして大理石の廊下を進む。
別に腕を引かれてる訳でも着いてこいと言われた訳でもないが、それに雛っ仔のように少しの距離を空けてくっついてく。
歩く速度が速く、運動量に少し動悸が速まりかけた頃、寝室に着いた。
目の前で阿呆がドアを開け、そこで今日初めて片腕引っ張られて室内に入る。
バタンと音を立ててドアが閉まると同時。
鍵もかけねえうちに抱き締められ、背骨と肩胛骨が軋んだ。
肩越しになったんでお互い相手の表情は見られないし、見られなくて良かったと思ってる。
たぶんお互い柄でもない顔してただろうから。

「…」

暫くそうしてたが、目線を合わせないまま不意にデンが俺を離すと背を向け、奥にあるベッドへ向かったんで、ため息を着いて俺も従った。
乱暴にカーテンを閉める姿を見るのを避けながら一足早くベッドに腰掛け、かっちり留めてる襟からスカーフを取って小さく息を吐いた。
泣き面なんざみっともねえから、やってる途中涙が滲むことがあっても終わりまで本泣きは耐え抜いてやろうと震える喉で深呼吸した。





「…ッ」

伏せてシーツ握りしめるだけじゃ圧迫を巧く霧散できず、ベッドに爪ひっかけて耐えてたがそれでも苦しくなって思わず舌打ちが出た。
舌打ちした後少し咳き込む。
…呼吸が重い。
ちかちかする視界の合間に来る波に、時々理性がどこかへすっ飛びそうになる。
何かもう軽く愛着すらある他人のベッドの上で膝を立て、顎を俺用の枕へ乗せてなるべく声が上がらないよう気を付けてはいるも、呼吸にどうしても音が着く。
反らして斜面ついてる背に添う相手の皮膚が熱くて、背中と腰が焼けそうだ。
一定の律動は今までにないくらい乱雑で俺の方が着いていけない。
ある程度いつものようにリズムを付けてくれりゃこっちだって楽だってのに、波の予想が付けられずに混乱する。
繋がってるのを断つのを避けるように時折腰を持ち直されるんで、絶えず苦しい。
抜き挿し少なく中を荒らされ、ぞくぞくする。
それを和らげる気かどうかはしらないが、前も緩急付けて指先で挟んで触られ鳥肌が立つ。
…当然だが、弄られれば弄られるほど雫が馬鹿みたいに垂れ流れるんで、今の格好も合わせて、基本的に恥であんまりぐちゃぐちゃ触られんのは好きじゃない…が、今夜は不思議と羞恥とか屈辱感とかは全く生じなかった。
やっぱり漠然とした嬉しさとそれにすっぽり蓋ができるくらいの虚しさが抜けず、高めていく躯の快感とは無関係に心の芯は冷静さを保っていた。
枕に顎を乗せて目の前のシーツの皺をぼんやり見詰めながら、深く震える息を吐く。

「ん…く……」
「…」
「っ、…ぁ!?」

今だって絶対限界だろと思ってた深さだったってのにここにきてまた僅かにぐ…っと更に腰を勧められ、思わず喉を反らして声が出た。
両肩上げて震え、尚もシーツに爪を立てて縮こまる。
合わせて項にきたキスの灼熱といったらなかった。
また先走りがぱたぱた落ちてシーツを汚す。
火傷するんじゃねえかと思った。
…唇を噛んで固く目を瞑る。
深く入った腰を掴まれ、僅かに揺らされる。
別に乱雑だが乱暴でもないし激しくもない…が、その小さな動きに前立腺を擦られて、微かな刺激が返って快感すぎて本当どうにかなりかけた。
怖くなって思わず顔が歪む。

「ちょ…。阿…っ」
「…」
「待てっ…つって」

このまま行くと本当に嬌声上げて何かが外れ、どこまでもどこまでも甘えだしそうで、微かなプライドから一時的に止めてもらおうと口を開きかけた直後。
ぽつ…、と。
一滴の水が項へ落ちて、双眸を見開き硬直した。
さっきキスが触れた場所を冷やすようにそれは落ちて、首の皮膚を伝う。
それまで切羽詰まってた快感が、瞬時に霧散した。
霧散したっつか…その雫に比べると俺の感じてる快楽なんてのは重要度低くて投げ捨てたといった方がいいかもしれない。
…俺の背にいる奴から流れたその水が何であるのか、想像に易すぎて笑えなかった。
…。

「…。…おめ」
「返んな」
「…!」

尋ねようか尋ねまいか少し迷った後、シーツに両肘着いて背後を振り返ろうとした途端、ぐい…!と真上から片手に頭上を押されて枕に顔面を沈めた。

「…頼んからよ、ちっとこっち向くなな」
「…」

遅れて、すぐ耳元に唇が寄せられる。
一応、声は震えてはいなかった。
擦り寄る猫みたいに耳や頬へキスを続けながら、シーツ握ってた俺の手に手が重なり指の腹に指を入れては絡める。
埋められた枕から少し顔を浮かせ、振り返るなっつーからその指先を見ていた。
たった掌ひとつ重ねただけで、驚く程包まれた気になった。
…ゆったりと最後の時間が過ぎていく。

「なあノル…。…悪ぃなあ」
「…」

重ねた手が強くなる。
骨が軋みそうにな程強く握られ、血の流れが一時的に悪くなり指先が冷たくなっていった。

「ほんとによ…。全部俺が悪くてよ…。弱くて……。こんな弱ってっとは思わねくてよ…。気付かねえで調子のってて…」
「…」
「ずっとおめえと一緒にいれっつもりで俺…。そればっかし思っててよ……」

そんな懺悔の後半に漸く声も震えだし、暫く続いた。
暫く続いた後、俺はというと半眼で小さく息を吐いた。
小さいが、深々としたこれ見よがしなため息に阿呆が多少慌てたのかどうかは知らんが、何か言おうと俺の肩に顔を近づけた所で、俺の頭を押さえてる手を取ってぶん投げ、がしっ…と空いてる片手で奴の顎を下から鷲掴みにし。

「いっ…!?」
「…阿呆」
「へ? ん、ぶ…っ」

多少無理な体勢なんで首が痛いが、掴んでる顎を多少無理して強引に引き寄せると同時に俺の方もちびっとだけ首を上げてやり、目を伏せて唇を重ねて舌を貸してやった。
一瞬迷ってから舌が合わさると途端に絡ませてはきたが、調子に乗る前に唇離れて近距離で見上げると、案の定涙目になってた双眸を見開いて驚愕していた。

「…。…不っ細工」
「ひ、ひふぇふぇふぇえー…!!」

顎を取ってた片手で汚い面の右頬を真横に引っ張る。
遮ろうとする手を無視して伸びる限界まで引っ張ってから数秒後、ばちんっと手を離すと、さっきよりも尚も涙目になりぐしゃぐしゃした顔になった。

「ばっかおめ…。このシリアス空気で何…」
「…なん。おめえシリアスな別れがええんけ」
「あ…?」
「俺ぁ好かんわ。…心底好かん」

一呼吸置いてまた少し長いキスを一回して顔を離すと、不細工顔は重々承知してるんで今更泣き面見たところでどうにも思わないってのにすぐに俺から泣き顔を背けようとするんで、それを鼻で笑ういつもの調子を思い出しながら努めて気怠く枕に落ちた。
体を捻って仰向けに寝返り、ちらりと真上を一瞥した後で、涙目と赤く腫れてる目元をに、左右両方両手を伸ばして頬を包むように軽く撫でてやる。
…目が合って、心境を察し、ちょっとだけ微笑んでやった。

「…。…もうええよ」
「…」
「な…。もうええべ…」

右手でぼさぼさ髪に指を通して撫でてやる。
…一緒に過ごした日々が惜しくない訳じゃない。
このまま融けてひとつになれたらと思わなかった訳じゃないが、ここで駄々をこねて何になる。
泣いて縋って好きだと叫んだって、離れたくないとかほざいてみたって、2倍3倍どころか、恐らく×50だとか100くらいの勢いで阿呆の罪悪感と無力感を刺激して今以上に泣かすだけだ。

「…それよか、もっと何かねえのけ。吐き気するくらいの愛ん言葉とか」

別に今生の別れって訳じゃないし、顔見る気にならんでも見れる距離だ。
一緒に暮らせなくなるからっていったって、この先いくらでもまた会う。
それでも寂しいってのなら、余計懺悔や後悔が最後で暫く別れるってのは最悪だろう。
それよりももっと、聞きたい言葉ってのも触れたい躯ってのも、キスしたい回数ってのだってある。
…時間ねえんだから、馬鹿みてえなことでうだうだ使いたくない。
傲慢で悪いが、別れなら別れで濃密で最高の別れが欲しい。





品性の欠片もねえが、一度盛大に鼻を啜ってから自分の腕で目元を擦って残ってた涙を拭った後、阿呆は漸く懺悔の壺から抜けて出てきた。

「…。あんなあ、ノル…。聞き飽きてっかもしんねえけどな」
「…?」
「ん…あのな。……愛してっぞ」
「…ああ。そりゃ飽いとるわ」

額に張り付いた邪魔な前髪を払いながら切り捨てると、乾いた苦笑の後で阿呆の方から積極的で力強いいつものキスがきて、柔らかく手首を取られてシーツに置かれ、目を伏せて長く口付ける。
最後を忘れ、いつものように両腕を回して横たわる躯を片腕で抱かれ、肌が重なって汗臭い肩に顎乗せ、爪立ててがしがし肩胛骨辺りに傷付けて…。
酷く落ち着けて、そこで深く息を吸った。






約束が欲しかった。
そこまで夢は見れない。
距離が離れりゃ心も離れると考える方でありつつも、ただ一時的でいいから無邪気で無責任で甘ったるい約束が欲しかった。
暗い考えかもしれんが、どうせ、離れれば忘れる。
俺だってまた嫌いになるかもしれん。
友情と愛情をうざったいくらい一身に受けてきたんで、シンプルに考えたってここからはもう減る一方に決まってる。
今更それらが無くなるってのは、正直怖い。
どっちか片一方でも残ってくれりゃいいと思っちゃいるが、期待はしてない。
でも、だからこそ今この瞬間に果たされなくてもいい理想的刹那的な約束が欲しかった。

「…な。何年経とうが、俺の好きなんはずっとおめえひとりだかんな」
「…。…うっぜえ」

途中でぽつりと口にしてくれたその言葉だけで満足していたが、90年後、本気で他に好きな奴もつくらんでいたらしく、変わらず愛してるとほざく姿にこっちが呆ける羽目になることはまだ知らない。




「なあノル…。愛してっぞ」
「…ん」
「ずーっと前からずーっと先まで…。ほんと、ずーっとだだかんな」
「あっそ…」
「ちょいちょい揺れるんはしゃーねえとしても、頼むからまた本気でスウェーリエにゃ転ぶなな」
「…」
「あんにゃろなんぞに惚れたってええことなんざひとつもながっふぇっ…!?」
「…うっせえな」

じゃれながら、いつものように抓ったり引っ掻いたり口付け受けたり強請ったり。
乱れまくった律動でなくいつものようにある程度整ったリズムで打たれるとこっちだっていきやすい。
張りつめて軽く痛み出してたのを一度お互い吐いてから、カーテン越しの青白い月明かりの差すシーツの上で、足を絡めて何度もキスした。











翌朝。
普通に起きて普通に身支度を整え、普通に車に乗って普通に会場のキールへ向かった。
人前じゃ格好付けが2匹並んで、相変わらずぴりぴりした空気の中でサインし合う間、俺はアイスと別室でぽつぽつと俺たちなりの別れを惜しんでいた。

「…ノル」

ドアが開いて阿呆に呼ばれ、アイスと最後に頬を合わせてから立ち上がると廊下へ出た。
ここ最近殆ど会ってなかったが、年がら年中変わらないスウェーリエ仏頂面は健在で、阿呆の横で、阿呆と微妙な距離を空けつつ背筋を伸ばして立っていた。
…ちらりとそれを一瞥してたところで、目の前にすっと右手が伸び、再び阿呆の方を向いた。

「…元気でな」
「…」

やっぱしどっか影を残したままの朗らかな笑顔。
…満面の笑みで笑うのが常なんで、プラマイで多少プラスが残ったって感じではあったが、まあ上々だろう。
俺も右手を伸ばし、握手してから頬を合わせて形式のキスをし、不意に背を向けて歩き出したスウェーリエを追って俺もその場を離れた。
…一度振り返ったところで阿呆がウインクと投げキス寄こしたんで、半眼で右手中指を立てて返し、そしてもう振り返らなかった。

Den beste maten a farvel



スウェーリエの家に行く途中の車で、珍しく彼からぽつりと口を開いた。
…そんなもんなんだな、という淡々とした…しかし確実に侮蔑の入った言葉を隣で吐かれ、思わず鼻で笑ってしまった。
昔はこいつんこと好いとった時期もあったが…。

今ではデン以外有り得ないと思っている。






…farvel,
さようなら、

den personen som jeg elsker.
私の愛する過去の暴君。


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