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「それじゃあイギリス。悪いけど少しの間日本を宜しく頼むよ!彼、結構タフでさ。見張ってないとせっかく見てあげている草案に勝手なことするんだ。すぐ帰ってくるよ。大丈夫、君への土産は忘れないからさ!」
「はあ!?お、おい待てアメリカ!何で俺が今更日本の…って、せめて振り返れコラァあああ!!」

英国さんのお声も虚しく、米国さんは私を玄関先に置いて門前へ駆け戻ると、四輪の自動車に飛び乗り去っていった。
エンジン音が遠くなり、やがて聞こえなくなると、立派な玄関先に残されたのは無言のまま佇む私と、去っていった米国さんへと片腕を上げた状態で固まっている英国さんの二人だけとなった。
小さく息を吐く。
堅苦しい洋装は心をも苦しくする。
…できれば、この様な不甲斐ない立場を、この方には見せたくなかった。

御名



第二次世界大戦が終結してからまだ間もない。
その間もない時間…いや、正確に言えば戦時中からと言っても過言ではないかもしれないが、私たちはお互い顔を合わせることをできるだけ避けてきた。
傍目に気づかれぬ程度に。
単純な距離からという理由に重ね、第一次大戦の頃を思えば当然であると言わざるを得ない。
何を甘いことをと罵倒されるやもしれませんが…。
嘗ては信頼していた同志であったその後に刃を合わせるのは心苦しい。
幸か不幸か、実際あまり顔を合わせることもなく、最近は専ら米国さんの下で勉強をさせて頂いたり小間使いのようなことを行っていたが、今日は少々用事があるとかで。
特に逃亡や反逆を行う気もありませんでしたのに、家にひとり私を残すことに不安を感じたらしく、こうして親しい英国さんに預けられることに相成りました…が。
ちらりと、お部屋中央のソファに腰掛けている英国さんの背中へ視線を送る。
どのような顔をして接すればよいのか…。

「…あの」

戸惑いながらもソファセットへ近づき声をかけると、小説を読んでいた英国さんがぎくりと肩を震わせたが、顔を上げてはくださらない。

「な、何だよ…」
「お茶でもおいれ致しましょうか。何もせずに立っているのは少々辛いので」
「は?…別にさっきティータイムは終わったし。…お、お前も、座ればいいだろ」

文字から顔をあげぬまま、長椅子の端に腰掛けていた英国さんがひとり分横へずれる。
私に腰掛けろと仰ってくださったのは有難いものの、勝国である方と同じ椅子に座って良いものか…。
少しの間、迷った挙げ句。

「失礼致します」

一礼してから、空けてくださった場所へ腰を下ろす。
少々間が抜けた図式の気もします。
二人で腰掛けるのならば普通は対話し易いように正面に向かい合うのがいいのでしょうが、折角空けてくださったのですし…。
本を読み続ける英国さんの隣に腰掛けた状態で、暫くの間、ぼんやりと誰もいない真正面のソファを眺めていた。
何がある訳ではない。
それでも…とても、心が和んだ。

「…」
「…」
「…。……き」
「?」
「…あ…う」

妙な声が聞こえた気がして両手を膝の上に添えたまま隣へ視線を投げると、一瞬翠緑の瞳と目が合いかけたものの、空かさず英国さんが顔を背けてしまい叶わなくなる。

「あー…何だ、えっと…。久しぶりだよな…。2人とか」
「…そうですね」
「…怪我はもう治ったのか?」
「まだリハビリ中ですが、ご心配頂く程ではないかと」
「そ、そうか…。あいつとの暮らすのは大変だろ。あいつ人の話聞かないからな」
「確かに所々強引で違和感はありますが、今までの己の視野の狭さにここ最近漸く自覚ができましたので…。今は色々と勉強させて頂いてます」

近状を報告すると、英国さんはそうか…と小さく何度も頷いた。
余り聞いてはいらっしゃらないように見受けられる。
何か思うことがおありなのだろう。
大体予想は付くものの、私から切り出せる話ではない。
敢えて尋ねずして天を仰ぐ。
部屋中央につり下がった、美しい室内灯“しゃんでろあ”。
初めて見た時は驚いたもの。
共に語らった日が、丁度今私の座る場所とは正反対の、真正面に構える長椅子に浮かんでは消える。
…。

「…なあ、日本」

ぼうっと正面を向いたまま惚けていた私の頬へ、不意に片手が伸びた。
引っ張り上げられるような強引さはなく、また拒否できる程の弱さも見せず、頬から顎へ。
実に巧妙な手付きで英国さんが私の顔を取って自分へと向かせた。
不可思議な翠緑の瞳と、今度こそ目が合う。

「悪いが、先の戦争のことでお前に謝る気はない。それをやったら俺自身が崩れちまうし、大戦の犠牲になった奴は多い」
「…ええ。承知しておりますよ」

いつもいつも皆さんと騒いでいる時を思えば、今の真摯なお顔は少しばかり私に笑みを運んでくれた。
私の笑みに一度だけ不思議そうに瞬いたが、肯定と受け取ったのか、膝の上に置いてあった書を、栞を挟まず、読みかけのままテーブルに据えた。
まるで壊れ物でも扱うかのように、大変に緩やかに、懐へ引き寄せられる。
無言のままそこに落ちると、嘗ては嗅ぎ慣れた甘い香りが肺を侵す。
…良いのだろうか。
終戦に至ったとはいえ、この方への恨みは正直尽きない。
英国さんが言うのと同じように、私は私の為に犠牲となった者たちの哀しみ恨みを背負う身。
以前がどうであれ、この様な時期に余りにもふしだらではあるまいか。
視界が暗い。
しかし例え暗くとも、この方の胸元で得る闇は何故こうも心地よいのか。

「あ…。えっと…。だからな、“菊”」

懐に目元を預け俯いていたところ、滅多に呼ばれぬ名を呼ばれ、反射的に上げた。
苦笑にも似た曖昧な笑みは、この方には殊更似合いはしない。
その表情は酷く私を締め付けた。

「菊が…。お前自身が嫌なら、止めてやるから」
「…」

その言葉から一体どう逃げろと。
我に返った頃には既に首を振った後だった。

「…The course of true love never did run smooth」

やけに重い囁きと共に寄せられる顔を拒むことができず、そのまま目を伏せ唇を重ねた。



二度三度と啄みを繰り返すも流石にこの様な客間は場に合わず、どことなく気が散ってしまっていた私に気づき、英国さんが私の片手を取って客間を脱した。
手を繋いだまま大股で階段を上る。
向かう先が寝室であることは想像に易かったが、気後れしている余裕はなく、彼の歩幅に引っ張られるように忙しなく付いていった。

「…」

窓から日光が差し込み、床がそれを反射し室内全体が輝いて見える。
まるで絵画のような寝室に入った途端今まで繋いでいた片手を素っ気なく離し、英国さんはそのまま振り返りもせず窓へ歩み寄るとカーテンを全て閉めた。
途端に室内の明りが落ちるものの、如何せん日中。
未だ視界は十分だ。

「いつまでもそんな所にいるなよ。…ほら」
「…あ、はい」

カーテンを閉め終わり、寝台横に立った英国さんの差し出された片手に誘われるようにして、何とかその場へ足を進める。
差し出された手に手を重ねると、女人に対する扱いの如く柔らかく寝台へと座らされた。
背を屈め、指先を伸ばしてそっと靴を脱ごうとしたが、その前に英国さんが屈み込むと私の爪先から洋靴を脱がせてくださった。
思わず萎縮している間に上着まで折り畳まれ、すぐ側のランプのある棚へかけられると、ご自分も上着とタイを放り襟元を緩める。

「…アメリカは何処へ行ったんだ?」
「さあ、余り詳しいことは私には…。中国さんの所かとは思うのですが」
「となると、長くて夕方までだな。…ま、どうせ寄り道してくるだろ」
「え、あ…」

端へ腰掛けていた私を抱き上げ、寝台中央へと横たえられた直後に再び口付けが落ちる。
触れるだけが深くなっていき、しかし毎度の如く恥じらいから上手く切り返せずに受け身のまま身を委ねた。
タイを解かれ、英国さんの唇が頬、顎、首筋と落ちていく。

「…ん?」

英国さんのそんな声で、伏せていた目を恐る恐る開ける。
シャツの釦を左右に開かれ、風が通る素肌の上。
何か失礼なことでもしてしまったかと思いましたがそうではなく、首に掛けていた銀色の首飾りが目に付いたようだった。
小さな銀盤に四桁の番号が掘られ、それに鎖を通して首から常々掛けていたので、すっかり存在を忘れていた。

「あ…」
「何だ、これ。ネックレスか?」
「済みません。それは米国さんに頂いたもので…」
「アメリカが?…番号が掘ってあるが」
「この番号で管理なさっているようです。私の国の人名を覚えるのは大変だとかで」
「はあ!?何だよそれ!」

鎖の長さは実に巧妙で、緩くはあるが取り外せる程に頭は通らず留め具もない。
惨めさに頬を染めながら申し上げると、銀盤の首飾りを掌に乗せて眺めていた英国さんが、素っ頓狂な声をあげる。
数秒をおいて、見る間に憤りを重ねているようだ。

「あのやろ…っ、このご時世にそんな非人道的なやり方は…!」
「因みに米国さんは英国さんの真似をしたと仰っていましたが」
「…」

私が言うと、銀盤を片手にぴたりと英国さんが憤るのを止める。
少々沈黙し、やがて思い当たる節でも当たったのか、頭を垂れ下げて私の目から逃げることにしたらしい。
気落ちしているその様子に、思わず小さく笑ってしまう。

「最近は私の方が落ち着いて参りましたので、既に廃止が決まっています。付けられた頃は自害を考えはしましたが、始めは腕輪でしたので、それと比べると服の中に隠れる為幾分ましかと」
「…外してやるからちょっと待ってろ」
「これが…」

そそくさと寝台から足を下ろしてドアへ向かう英国さんを視線で追い、半身を起こしながら思わず口にしかけた言葉に気づき、慌てて唇を閉ざす。
廊下へと続くドアノブへ片手を添え、英国さんが肩越しにこちらを振り返った。

「何か言ったか?」
「え。あ、いえ…ただ…。これが貴方のなら、と」
「…」
「済みません。…戯言です」

釦の外れたシャツを今更ながらに着物の要領で両手で合わせる振りをし、俯く。
頬が熱い。
妙な数秒の沈黙の後、英国さんは無言のまま部屋を出て行った。
そして数分後。
ペンチと少々古びた首枷を片手に英国さんが戻られた。



「苦しくないか?」
「…はい」

ようやっと米国さんの銀盤垂れた鎖が外れ軽くなった首へ、今度は銀色の輪がかかる。
大きめのものを持ってきてくださったのだろう。
本来首周りに寸分無く合わされ締め付けるのであろうそれは、喉仏すら滑り落ち、鎖骨に至る程緩く、首枷というよりは首飾りに近しい。
が、銀盤の代わりに垂れ下がっている小さな金属に獅子と一角獣が向かい合っている国章が描かれていた。
真下を向いたところで、視界の範囲から言ってなかなか直に眺めるのは難しい。
代わりにそれに指先を添え、存在を確かめた。

「悪いな。ぼろいのしかなくて」
「いえ…。…一時であろうと、これで少しは貴方のものになれた気がします」
「菊…」

小さく応えると上から瞼に口付けを受け、片目を瞑る。
それに押されるようにして再び寝台へ横たわると、追って再び首筋に吸い付かれ身動ぎする。
先程と同じように湿りを帯びた唇が鎖骨へ落ちていき…。

「って、何でまたボタンかけてんだよ!」

左右に私のシャツを開こうとした英国さんの指先が釦で遮られ、その声に閉じていた目を開けて英国さんを見上げる。

「さっき外してやっただろ~。何できっちり戻してんだよ」
「無茶言わないでください。ひとりであんな格好でなんていられませんよ」
「たった数分だろうが!一分一秒惜しい時に無駄なことさせんな!」

そんな掛け合いの後釦を外され、再び白いシャツを左右に開かれる。
脇腹に片手を添えられ、それがついと上って親指の腹が大して色もない胸の凸へ触れた。
背筋が泡立つ。
触れられた場所が明確に分かるほど、その手が辿った場所とそうでない場所で温度差が激しい。
恥に顔を背け、指の背を噛んで耐えていると、もう片方の突起へ英国さんが音を立てて唇を寄せた。
何度か口付けた後、軽く吸われ、前歯で噛み擦られ、刺激に自然と胸が反り返る。
片膝を折って身動ぎし、空いていた手で英国さんの髪へ指を通した。
さらりと滑る絹のような髪を撫でて少しでも肯定を伝えられればと思いはするも、英国さんのお手に途中途中指先が止まる。

「ん…っふ…」
「…菊」

いつもは呼ばれぬ名を呼ばれる度に、心が熔けていく。
私たちを縛る様々な確執、関係。
己以外の誰かに染まることは、即ち消滅を意味する存在。
現世を離れて、自由になれたかのような、錯覚。
普通の方にはお分かりにはならないでしょう。
それは途轍もなく甘美な錯覚で、指先よりも寧ろ言葉によって高められていく。
顎に指先を添えられ、指の背から口を離す。
指と唇にかかった唾液の糸が切れぬ間に胸元から顔を離した英国さんと深く口付け、舌を絡めた。
呼吸が苦しくなった頃、肩を叩いて漸く離してくださる。

「っは…。は…あ」
「…下、開けて」
「ん…っ」

軽い酸欠で短く呼吸しているところを耳元で囁かれ、そのまま耳の窪みへ舌先が滑り込む。
熔けた思考で恥も考えず、耳の穴を濡らされながら震える両手の指先でベルトを緩め、ズボンのファスナーを下げ降ろした。
既にその部分が熱を持っているのを自覚していたのでとても直視できるものではなく、頑なに目を瞑ったまま前を寛げていたが、ファスナーを下ろし終わってあまり間を開けず英国さんの片手が下着の中へ腹部を滑るようにして入り込み、私を握り込んだ。

「…! あ、ぁあ…っ」
「根本よりも…ここだったな、お前は」
「ひゃ、あ…っ。や…!」

囁かれながら既に蜜の滴っていた先端に爪を立てられ、全身が震える。
震える脚から穿き物を下着ごと取り払われ、執拗に嬲られた。
人差し指の爪先で何度も擦られ、ちりっとした痛みがまた甘い。
止め処なく溢れ出る粘りのある蜜が先端から零れ、英国さんの指を濡らしその奥へ伝い落ちる感覚。
この先にある快感を思い起こせば、その都度また己が脈打った。
妙な声。
己の声色に驚いて、慌てて両手を合わせるようにして口を覆う。

「…声聞かせてくれてもいいだろ?」

英国さんが片腕を伸ばし、上着を掛け置いた棚から軟膏の様な油の入った瓶を取り出しながらそんなことを仰るので、思い切り首を振った。
どうせ覆ったところで零れるのだから、防ぐくらいで丁度良い。
握り込んでいた陰茎から指先が離れ、滴った蜜を辿るようにして掌が脚の間を奥へ滑っていく。
やがて後孔へと至る。
私が構えていることを承知の上で、周辺を嬲り前戯と同じように爪先で弄られ、恥と快楽半々に涙が滲み、顔を顰めた。
焦らされた後、油を滑りにくちゅっと卑猥な音を立てて人差し指が私を犯す。
たった一本の細い指先で受け入れる支度が整うはずもなく、少々駆け足でひとつふたつと増やされていくが、私が呻いたのが聞こえたのかみっつ目はすぐに除いてくださった。
それでも内に蠢く指ふたつ。
身動ぎを繰り返し、必死に身を縮こませている中で、すぐ耳元で英国さんが小さく息を吐いたのが聞こえた。

「あ…。な、何…か」
「あ、いや…。久しぶりに触ったらきつくなってるから安心したっつーか…。アメリカの奴も結構お前のこと気に入ってるから…」

この返しに顔から火が出そうになった。
こ、この人は…。
信用がないのかと僅かながら憤りを感じる。
と同時に、胸にちくりと痛みが生じかけたところ。

「よかった。…はは。そうだよな。お前は俺のだもんな」
「…」
「よかった…。菊…」

眼前で英国さんが照れ臭そうに。
とても無邪気に笑ったので、憤りも胸の痛みも瞬時に霧散してしまった。
内心小さく年長者の余裕を持ってため息をつく。
頭をすり寄せられ、もう数えるのも億劫になりつつある何度目かの口付け。
英国さんは“きす”がお好きらしく、私からしてみれば失礼な話、軽く疲労を覚えるほどに繰り返す。
…実際に親しくお近づきになるまでは想像も付かなかったが、甘えたがりな方だと思う。

「…っ、ん」

気が緩んだ所で、差し込まれていた指がぬぷっと厭らしい音を立てて抜かれる。
それまであった栓を無くした孔が収縮し、疼きになって腰を伝う。
ここで強請れればと思うのだけれども、常々恥が勝って口を閉ざす。

「ちょっと辛いだろうけど、前でいいよな…?」
「…あ。わ、私は」

低い声で尋ねられ、片腿へ添えられた手に手を重ねる。
赤く俯きながら、もう片方は首に掛かる古びた銀輪に添えた。

「今は…。貴方のものですので…」

同志以上には近づけぬ我々にとって、この銀輪はとても魅力的な媚薬。
呟いてから数秒後、しっとりと、また長い口付けを交わした。



「ふ…っく、ぁ…。あ、ああっ…!!」

打ち付けられる度に視界に火花が散り、白く染まる。
どなたかと身を重ねるのは幾久しく、押し入る重圧と痛みにとても耐えきれずに喉を反らして悲鳴を上げた。
時折宥めるように首筋に寄せられる接吻に応える暇などなく、両手を寝台へ縫いつけるその手へ指を絡めて爪を立て、甲の皮膚を裂く。
両脚を折り上げ、うち片脚は英国さんの肩に膝裏をかける。
無理な体勢。
躯は折られ、上から押さえられては自由は利かぬ。
益して律動を付けて打ち据えられ、その度に受け入れる己が身も揺れて乱れ狂う。
…しかしてこの服従が甘美。
与えられる痛みとは裏腹に、実に悦ばしい。

「っ、ん…っは。ぁ…あ、あ…!い、ぎり、す…さ」
「アーサー」
「…ッ!!」

突如深く突かれ、全身が跳ねた。
震えて縮こまる時間も与えられず重ねてその場所を押し擦られ、身悶える。
急に今までの余裕が取り除かれてしまい、半ば混乱が生じてくる。
最早呼吸も支配され、律動に合わせてでないと声すら発せられない。

「ちょ、あ…っ、サー…っさ…。そ…!や…止っ、め…っ!」
「菊…。そのまま、もっと」
「ふ…あ、ぁ、ぁあっや…っ!!」
「…良い子だ」

揺れ、狂いかけ、落としそうになる理性にしがみついている所を、場に不釣り合いな程に、ゆっくりした速度で温かい掌が私の頬を撫でた。
蓄積された快楽がそんな何気ない仕草で高みに至る。

「菊…っ」
「…ーッ!!」

一際深く突かれ、内側が瞬間的に萎縮をし、肉声を伴わぬ声をあげ放った白濁が胸首に跳ねた。
内に注がれた熱をも感じ、安堵しながら意識を手放した。



長い間眠っていたかのようで実際は短い時間ということはよくあること。
一晩二晩寝ていた気分にもかかわらず、寝ぼけ眼で時計を眺めると一時間程しか経っていなかった。

「…」
「お。起きたか?」

微睡みを続け、未だ寝台に横たわっている私と違い、英国さんは既に起きられていたらしい。
寝台端に腰掛け衣類をまとってタイを締めているところだったようだが、私が目覚めたことに気づき、片手をシーツに着いて顔を寄せる。
…し、素面では少しばかり抵抗が。
僅かに両肩を上げて身を引いたものの、結局は捕まって接吻する羽目になる。
口付けの後顔を合わせることが出来ず、すぐさま背を向けようともぞもぞ身動ぎする中で、寝台に投げ捨てていた私の片手を取って、英国さんがその甲へ唇を合わせた。

「やっぱりお前と寝るのが最…ごぶっ!」
「そ、そういう台詞は結構です!」
「い、ってて…。な、何でだよ!礼儀だろ?」
「私の家ではそんな礼節ありません」

羞恥を浮き彫りにする歯の浮く台詞に、間髪入れず枕を叩き付けて折らせて頂いてから何とか身を起こす。
一気に高血圧での起床となった。
腰に鈍い痛みが走ったが、ここで発言したところで恥なだけなのでぐっと耐えておく。
我が身を見下ろすと、てんてんと桜色の跡が情け容赦なく残っているものの、それ以外は綺麗なものだった。
寝ている間に拭ってくださったのだろう。
カーテンのかかっている窓へ視線を向けると、未だ日差しがある。
午後の早い時間帯だ。
…。

「…嫌だよな。先に嫌な予定があるとさ」

窓を眺めていた私へ、英国さんが小さく笑いかける。

「あと何時間~とか考えちまって、全然愉しめなかったりさ」
「…そうですね」

久方ぶりの逢瀬。
恥を忍んで白状すれば、もう幾許か身を委ねていたくはある…が。
いつ米国さんがお戻りとも分からない。
いつまでもこの様な霰もない姿でいるわけにもいかず、また、それをこの方は理解していらっしゃる。
そろそろ身支度を調えなければならない。
不意に声を張って英国さんがそっぽを向き、それに釣られるように私は窓から彼へと視線を移した。

「…あー。お、お前が、まだ…俺のだったら!…とっ」
「…」
「隣へ…来い、…とか」

徐々に小さくなっていった声はしっかり耳に届いてしまい、シーツに膝を着いて重たい身を持ち上げた。
銀輪は未だこの首に。
お望みならばその横に。
…行く前に。

「ちょっと待ってください。今洋服を着ますので…」
「そ…!そのままでいいだろ!?何だってお前はそう空気を読まないんだよ…!!」
「何で私だけ裸でいなきゃならないんですか。嫌ですよ!」

寝台横の棚から衣類を取ろうとした私とそれを何故か遮る英国さんで意見が対立したものの、結局英国さんを押し退けて洋装を整えることになった。
余り意味はないと承知していてもお願いして背を向けて頂き、私自身も英国さんへ背を向け、寝台の上で着衣する。
取りあえず急いで脚にズボンを通し、ベルトを締めた。
そこでふわりと、肩に白シャツがかかって、振り返る。

「とろい」
「…済みません」

袖を通し、英国さんが背後から腕を伸ばして釦をかけて下さった。
…全部がかけ終わり、そのまま抱き締められる。
頭を寄せられた首に絹髪が当たり、こそばゆく、寝台に座り込んだまま少し背を屈め回された腕に手を添える。
本気なのかどうかは分からないが、米国さんがいらっしゃるまで私を抱いていると宣言され、思わず苦笑してしまう。

「…アメリカが嫌になったら、いつでも俺の所へ来いよ」
「いいえ…。彼からは、まだ学ぶべきことが山ほどあります。今の私が貴方に身を寄せたところで、重荷になるだけ。依存が過ぎて壊れるのは嫌ですから…。ご心配にならずとも、何れは立ち上がって、誰に連れられるわけでもなく、時期が来れば対等な友として、自分の意志で貴方に会いに参ります」

振り返り、微笑みかける。

「それまでどうぞ、お待ち下さい」

項に口付けを受けてから、古びた銀輪は外される。
菊は日本に戻り、愛しい人の名は中途半端に一度呼んだきりで忘れた。



乱雑な音を出しながら、米国さんの四輪が屋敷を離れていく。
見送りは無かった。
私も振り返る程女々しくはない。
…当面、米国さんに従うことになるでしょう。
この方の遠い未来に見据えた楽園の実験として、私から刀を取り上げる、あの冗談の様な理想主義草案も押しつけられてしまうでしょう。
けれども…。

お慕い申し上げます。
未だその名は呼べずとも。
劣等感なく隣に並べる日を夢見て、私は歩む。
心に刻んだその名を、対等となって初めてこの唇に。


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