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全てを温暖化というたった一言で収めるつもりはないが、今年の冬は兎角暖かい。
降雪も随分と遅く、今月に入って漸く天候が季節に追いついたようなもの。
…とは言え、日が沈み夜ともなればそれも通じず。
暖房器具がないことには芯の凍える寒さとなり、洗面所や廊下などは殊更。
独り暮らしの身の上では使われる部屋も大凡決まってきてしまい、必要外の部屋を温めることは滅多になく、僅かな時間通り抜ける程度ならその必要もない。
その為、客間の隣に位置するこの次の間にも、その様な配慮は欠片もしていなかった。
故に、大変冷え入る。

「…」

何度目かの意を決して顔を上げるも、数秒後、思い留まり、再び俯いては両手を腿に添えた己の膝を見下ろした。
客間の襖を前に膝を着くこと暫し。
…特に何ということは無いのです。
ただ寝る前に、久方振りにご訪問頂いた客人にご挨拶をしようと、ただそれだけで…。
締め切った襖と言えど、明かりは漏れる。
既にお休みということはないでしょうから、さっと一言申し上げて自室へ戻れば良し。
…。
…よし。
ぐっと腿上の両指で寝間着を一度押さえ皺を作ると、再び意を決して顔を上げた。
入室の前に声をかけようと浅く息を吸った所で…。

  __がらっ。

襖が開いた。

「あ…」
「ぎっ…、ぎゃああああああぁああぁああああああっ!?」
「い、英国さん英国さん…っ」

不意打ちの開きに驚愕して硬直した私の真正面で、今当に客間から出ようとしたシャツ姿の英国さんが、やはり不意にそこに在った私を見るなり妖怪でも見たような大きな悲鳴を上げてどたばたと数歩後退なさる。
驚かせるつもりはなかったので、慌てて爪先を立てると正座から膝立ちになって己が身を開いた襖から伸びる明かりの中で示した。

「落ち着いてください。私です、日本です」
「んなの見りゃ分かる!! 何やってんだそんなとこで!吃驚するだろ!?」

両肩を上げて喚きながら、びしりと英国さんが私に指を突きつけた。
相当驚いたのか、お顔に青筋が立っている。
宥めようと両手を前に出した。

「今声をかけようと思っていたんです。そうしましたら襖が開きましたので…」
「あ、ああ…。そうか…」
「済みません。驚かせてしまって。…何かご用でもおありでしたか?」
「へ…?」

部屋から出ようとしていたということは、何か室外に用事があったということ。
用足しでしたらいいのですが、必要な物が足りていなかった可能性もある。
それとなく伺ってみると、一瞬英国さんがぎくりと肩を震わせた。
一瞬言葉に詰まった後、払うように一度首を振る。

「い、いや…。別に何も」
「そうですか? ですが…」
「そーだよ!…それより、お前こそ何なんだよ。何だって突然人の部屋の前で座っ…つか寒い!そこ閉めろ!」
「え? あ、はい…」

確かに、僅かな隙間でも空いていれば、室温差が大きければ大きいほど、急激に暖かい空気は奪われ、冷たい風が流れ込んでくる。
言われて、急いで一礼してから客間に滑り込み、開いていた襖に両手を添えて閉めた。
ぱたりと閉めた所で意図せず入室を済ませてしまったことに気付き、頬に朱が走った気がして心なし顔を俯かせる。
風の通りが無くなったところで、英国さんは呆れ気味にため息を吐いた。

「ったく…。お前の家は何でこうちまちまと仕切ってるんだ? もっと一部屋を広くして一気に暖めちまえばいいのに。一歩そっちの部屋とか廊下に出ると寒くて…。……」
「…?」

はたと何かに気付いたように英国さんが言葉を留め、座している私を見据えた。
その視線に気付いて一度目が合ったが、あまり長い時間合わせられず、すっと視線を外した私の方へ歩み寄ると、前屈みになり、唐突に右手の甲で私の左頬に触れた。
瞬時に狼狽する私を知らず、ぎょっと目を見開いて突然おろおろと両腕を差し出す。

「お、おい…。お前今まで何してたんだよ。部屋にいなかったのか?」
「あ、はい。先程まで湯浴みを…」
「ゆあみ?? 何だそりゃ」
「お風呂に入っておりましたよ、ということです」
「風呂おっ!? 」
「え…?」

別に不思議はなかろうに、英国さんの素っ頓狂な声に驚いて今度は私が目を丸くする。
何かいけなかっただろうか。
先に英国さんにお入り頂いたことだし、湯が冷めぬうちにと片付けを終えてから早い内に入らせてもらったが…。
などと思案したが、全く別のことで英国さんは驚いていたらしい。

「風呂って温かさじゃないだろ、これ。水風呂でも入ったのか?」
「…あ、いえ。…これは」

身体の冷えのことを言っていたらしい。
風呂上がりというのは嘘ではないが、次の間に座っていた短い間にすっかり寝間着も肌も冷えていたらしい。
確かに座した当初は寒いとは思っていたが、途中からあまり気にならなくなっていたので感覚が麻痺していたのかもしれない。
…とは言え、実は声をかけようかかけまいかを次の間で悩んでおりました、などと言える訳もなく。
曖昧に黙している私の返答を待たず、英国さんが卓上に置いてあったエアコンの設定温度をいくつか上げてから、立ち上がり、壁に掛かっていた自身の上着を手に取って戻ってきた。

「ほら、これ…。着てろよ。薄着過ぎるんだよお前。そんな所いないでストーブの前来いって」
「済みません…」
「大体…。何しに来たんだ?」

膝の上に投げて寄こされた上着をもたもた受け取っているうちに、英国さんが斜め前に腰を下ろしながらそうお尋ねになり、一瞬、不審に思わぬ程度に返しが遅れた後、名目を思い出して顔を上げた。

「いえ、ただおやすみなさいを伝えに。…それと何か不便なことは無いかと」
「…あ、ああ。そう…」
「はい…」
「…まあ、別に何も」
「そうですか。それは良かった。…。…あ、では。特に無いようでしたら私はこれで…」
「え! ちょ、ちょっと待てよ…!」

沈黙に耐えられず足早に退出をと膝を浮かせ、礼も忘れてすぐ背後の襖へ向かい開けようとしたが、背を向けた途端、ばんっ…!と片腕が頭の横に伸びて、私の指先よりも先に襖を掌で叩いた。
心臓が跳ね上がるのを抑え、恐る恐る振り返る。
部屋端に位置する私の上に影を落ちるようにして、思わぬ近距離に英国さんが膝立ちとなり前屈みになって片腕を伸ばしていた。
目が合うと、慌てて襖に添えていたその片手を引く。

「あ…。も、もうちょっと暖まってから行けよ。寒いだろ」
「ですが、暖まってからまた出るのも…」

本意には顔が高揚するくらい嬉しいお言葉だったものの、口が勝手に否定を告げる。
言ってから後悔したが。

「じゃあ出なきゃいいだろ!」

というお応えに驚いて双眸見開いた。
…が、あまり深く考えて仰ったものというよりも口から滑り落ちた言葉らしく、私の反応を見て己の発言を察してから、英国さんが赤い顔を俯ける。

「い、いや…だから…。どっちにしろお前冷た過ぎるし…」
「…!」
「二人きりなんてチャンス…ないだろ。普通」

そっと私の右肩に左手を、対の手を後ろ越しに添えられ、目も合わせぬままそっと懐に引き寄せられた。
英国さんは私に触れて驚いていたようですが、英国さん自身の指先も十分冷たく感じ、触れられる場所に震えを感じていたが、懐に引き込まれるとやはり室の内外にいた差というのは大きいらしい。
少しの間戸惑っていたが、暖に負けて目を伏せ、腕に身を預けた。
薄いシャツを通して胸に額を添える。
遅れて、私の方もそっと指先を英国さんの背に添えた。
私を抱く緩かった両腕が、肯定を示したことにより途端に強くなる。
…。

「…本当、冷たいな。雪だるまでも抱いてるみたいだ」
「…寒くはないですか?」

人肌に触れることによって己の冷たさに気付き英国さんを案じたが、軽く振られた首と、悪戯を楽しむような小さな苦笑が返ってきた。

「覚悟しとけよ」
「は…?」
「“Magic on cold day”…って言っても、知らないよな」

笑いながら頬を寄せられ、直後に与えられた額へのキス。
身体が冷えているせいか、唇の輪郭まで察せそうな程、触れた場所だけが熱かった。





結局、私の方も逢いたくて機会を窺っていたということは口に出来ないまま、敷かれた布団に場所を移した。
掛け布団を払って腰を据え、背後からの愛撫を受ける。
お気に入りの人形でも抱くかのように片腕で腰を抱いたまま離さないのは実の所悦ばしい…が。

「ん…、っ…」

内心穏やかではなかった。
はだけた寝間着の襟を人差し指で下げられ、項に寄せられるキス一つに身が震え、声まで漏れる。
…通例ならば、何てことはない…などと一言で捨てられることはありませんが、声くらい噛み殺せる唇の愛撫。
背を後ろに預けているので体温は幾分上がったつもりが、おかしな事に軽く吸われて離れても愛撫を受けた場所にしっかり熱が残り、高揚してゆっくり吐息を吐いた。
そっとキスを受けた熱の残る場所に指先を添えようと持ち上げた片手がそのまま握られ、指の背へ音を立てて次のキスが落ちる。
また指先が熱くなる。
中指の背。
視覚で見たわけではないのにはっきりと場所が理解できてしまう程、氷の躯に火傷のように痕跡は残った。
触れられた場所が逐一分かり、隙間無く埋めて欲しいという願望まで生じてくる。
…あまり早くに至っては不埒と思われそうで、懸命に耐えつつ、まだ冷えたままの場所へ温かな手が伸びることを期待する。

「あ…」

薄い胸板に片手を添えられ、ぴくっと両肩が攣って身を縮めた。
背を預け、背後にある白い首筋に甘えるように鼻先を寄せると、小さな微笑が聞こえた。
それまでの己の冷えと英国さんの熱との急激な温度変化に心の臓が止まりそうになる。

「まだ冷たいな…」
「…!」

胸元を弄られている最中に腰を抱いていた片手でするりと下着の中へ滑り込み、中途半端に放り出していた両足がびくりと震えた。
膝を折って足首を引き寄せ、足を閉じ小さくなろうと萎縮するも、形ばかり。
最早顔などとても上げられず、顎を引いて目を瞑った。
既に濡れていたのは承知していたので、少し強く握られると擬音にするのも躊躇われる水音がした。

「っ…。く…」

そのまま扱われるも、最初握られた瞬間から一気高ぶり、喉を振るわせてそれが露見せぬようにと必死に耐えた。
蜜の滴るそこを掌に包まれ、僅かに弄られるだけで達してしまいそうになる。
達せずとも、久しくこういったことには手付かずだった為、蜜の量自体が多く感じ、尚のこと羞恥を煽る。
腕の中で身を捩ってみるも、実際に離して欲しい訳ではない。
茹だってきた思考で熱を欲し、ろくに考えもせず、僅かに後ろ腰を英国さんへ擦り寄せ、頭を上げて鼻先を鎖骨に押し当てた。

「…」

一瞬お手が止まり、ぐいと無理な角度で顎を取られ唇を重ねる。
繰り返すキスの合間に陰茎を嬲っていた指先はそのまま伝う蜜を追い、奥へと進み、菊門へ触れた。
指の腹で一度周囲を擽られ、背中が粟立つ。
キスを逃れて俯き、滲む涙を両手で女人の如く顔を覆おうとしたが、手首を取られて再び顎を持ち上げられ、叶わなかった。
英国さんがお持ちだった潤滑油を僅かに塗り、細い指を受け入れる。

「っ…」

狭い道を奥まで異物が進み、自然と腰を浮かせ身動いだ。
私の身に触れていた指先と本当に同じ物なのかと問いただしたくなる程にそれは冷たく感じ、それまでとは真逆に、私の内部の熱が急激に奪われていく。
肺からはき出される呼吸が冷えたのを感じた。
じわじわと進み込んだ速度と同じく、腸壁を広げるように押しながら抜け行く。
一息吐く前に本数を増やして犯され、顔を横に反らし、英国さんの腕に手を重ねて爪を立てた。
…いくら傷を残さぬ為とは言え、内部が冷やされるのは慣れぬ感覚。
早く済めばと、なるだけ心を落ち着かせ、抜き差しに合わせ深く呼吸を繰り返した。

「…ぁ、っ…は」
「…中は十分温かいのにな」

指が抜かれ、私の頬へ口付けてから、不意に片腿を下から握られ、バランスを崩しかけて反射的に両足間の布団へ片手を着いた。
前だけをくつろげた英国さんのものが収縮を繰り返すその場所に添えられ、一瞬を置いて、先端が浅く挿しこまれ、息を呑んだ。
一度に貫くことはせず、抱き竦めていたのを更に前へ前へと私の身を傾け、段階を付けて、少しずつ少しずつ押し進む。
体勢低く、つの字に折られた状態で、奥へ進まれる度に体内を灼熱が刺し、先程の冷たい指の刺激と相まって掻きむしりたくなるような疼きを覚えた。

「…はっ。…あ、っつ…」
「そっか…。そりゃ良かった」
「っ…」

更に腰を引き寄せられ、同時に深く入る。
繋がりを恋うように、体内がきゅっと収縮したのが分かり、両手を布団に着いたまま肩を上げて俯いた。
上げる顔がない…。
その一方で一刻も早く快感を得ようと疼く躯が着いた手を支えに腰を僅かに動かしかけ、それに気付いて慌てて止めた…が。
すっと右の腰に英国さんが手を添え、驚いて顔を上げた。

「い、英国さん…!ちょ…っと、待っ」

抱き竦められた躯と持たれた腿を動かされ、疼きに堪え忍んでいた躯が腸壁を擦る刺激で悲鳴を上げ、反論を言い終えぬ間に腕の中に落ちた。
決して大きな揺らし方ではないものの、軽々と左右に動かされるだけで四肢に響く快感に脱力してしまう。

「ぁ…、っ…。や…」

迂闊に口を開くと嬌声しか出ぬのは分かっているので、頑なに唇を噛み、顔を顰め、与えられる享楽に溺れていく。
再び蜜を溢し始めた下肢もまた握られ、短時間にもかかわらずあっという間に果てが近くなる。
律のない疎らな嬌声の合間に耳元へ英国さんの唇が触れ、何度も宥めるように髪を梳いていた手を取ってぎゅっと握ぎり、許しを請うた。
心得たもので、布団へ伏せにして私を落とし、激しく貫かれ気が遠くなる。
恥も考えず敷き布と一緒に横に支えとして置かれた片手に爪を立て、仕舞いには喉が嗄れるまで声を上げて愛しい体温を求め続けた。

Magic on cold day



「おい日本。大丈…」
「…聞かないでください」

布団に頭まですっぽりくるまって顔を覆う私へ、英国さんが伸ばした手を止めたのが気配で分かった。
いつの間にか眠っていたようだが、未だ深夜。
時間を置けば余りの羞恥に顔すら見られない。
泣き腫らし、恥と合わせて顔は朱が抜けずくしゃくしゃですし、腰は痛いし喉はがらがら…。
…。
嗚呼、穴があったら入りたい…。
起きて顔も合わせられない私とは違い、英国さんはシャツの釦を締め直し、既に衣類は整えているご様子だった。
布団越しに呆れたような吐息が溢れる。

「お前な…。その毎回毎回起きた後拗ねるの止めろって。別にいいだろ、俺しか見てないんだから。…いい加減出てこいよ。窒息するぞ。…何だ、その。寝起きのキスもまだだし…」
「嫌です」
「や…って、お前なああっ!」
「な、何するんですか!止めてください…!」

反射的に即答すると、ばっさと音を立てて布団が引き取られそうになり、慌てて身を起こしては逆にひしっとそれを両腕で抱いて丸くなった。
ぐぎぎぎ…と左右でそれぞれしっかり掴んで離さない。

「ばっかお前…っ。俺たちが逢える時間なんて限られてんだろ!無駄にすんな!顔見せろ!!」
「もういいじゃないですか。放って置いてください…っ」
「よくねーよ!!」

妙な言い争いに十数分を使用し…。
お互い言い合いに疲れた頃にぜーはーと肩で息をしながら休戦となった。
…我ながら何をしているのかと思いながらも、なるだけ先程の記憶を思い出さないように気を付けながらキスを交わし、すっかり先の逢瀬…と言うよりは、その後の言い争いの結果見事に乱れた布団から離れ、襖を背に凭れて座す英国さんの抱擁を受けながら一息吐いた。

「温まっただろ?」
「…はあ」

入室した時と似たような形で抱き合い、妙に誇らしげに英国さんが言うので、真っ赤になって俯いた。
…が、俯いてすぐ不意に思い出し、おずおずと顔を上げる。

「あの…」
「ん…」
「あ、いえ。キスではなくて…」

寄せられる顔を片手でがしっと押さえる。
項垂れて気落ちする英国さんの反応に慌て、心なし身を寄せながら尋ねてみる。

「始めに仰っていた…ええと、Magic on cold day?…というのは」
「あ? ああ…あれか。そのまんまだよ。“寒い日の魔法”」
「魔法…」
「寒いと人肌恋しくなるだろ。クールなあの子も恋人も、いつもより熱くなるぜっていう、まあ、そういうのだ。…あながち嘘でもないだろ?」
「…知りません」
「喉大丈夫か?」

くつくつ笑いながら頬に掌を添えられ、さっと視線を反らした。
瞬時に顔が熱くなる。

「ほんと、ラッキーだったな」
「…? 何がですか」
「お前が来てくれて。…実を言うと、丁度部屋まで行こうと思ってたんだ」
「…」
「だから焦ったぜ。偶然とは言えドア開けてお前がいるから…。怖がりって訳じゃないんだ。幽霊とか全然平気だしな。本当だぞ!」

照れ臭そうに笑う微笑みに一言、「私も逢いに来たのですよ」と言い出せれば良いものを、それも叶わず。

けれどそっと安堵して、言葉の代わりに白い首筋に頭を寄せてキスを強請った。


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