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「38度…5分、だな」
「…」

耳に押し当ててた体温計が示す数値を読み上げると、ベッドに横たわってるノルが小さく舌打ちするのが聞こえた。
舌打ちしたはいいが、それで呼吸が支えでもしたのか、そのまま横を向いて数回咳き込む。
体温計のリセットボタンを押してケースにしまい、それをサイドテーブルに置きながらぐったりしたその様子を一瞥する。

「おいおい…。病人が舌打ちなんかするもんじゃなかっぺよー」
「…んこうぜ」

うるさい、と言おうとしたんだろうが、生憎掠れ声なんで最初の一文字が喉で消える。
炎症起こしてる喉が渇くのは良くないんで、置いた体温計の隣のからぬるいカモミールティを手に取り、差し出してみる。

「どうだ。起きれっけ?」
「…」

無言のまま、ノルがのそりと身を起こそうとしたんで片手でさり気なく背を支える。
いつもの調子でその腕を叩き落とされない分、やっぱ相当体調は悪いっぽい。
…ご覧の通り諾威が風邪を引いたのはどうやら昨晩かららしいが、俺が知ったのは今朝方だ。
昨晩からノルが高熱を出しているみたいなんだけど、どーしても抜け出せない仕事があるから不本意だけどちら見してきて…とかいう内容でアイスから俺ん所に電話がかかってきた。
往き道ぐるっと回って一度アイスの家に行ってそこで合い鍵を借りた後でノルん家に来た訳だが、試しに鍵を使わずベルを押して待ってみても全くの無反応だった。
ノルの奴ぁ相変わらずの愛宅家なもんで、他の連中と比べると休日のインドアは珍しくない手前、アイスに風邪ひいてるってこと教わんなきゃ留守と勘違いしてスルーしてただろう。
借りた合い鍵使って家に入りベッドルームを覗くと、ぐったりベッドに横になってるノルの姿。
最初は明かりを落とした部屋で寝てたんで、締め切ってたカーテンの合わせ目から片手だけ突っ込んで窓をちょっとだけ開け、部屋の換気だけしてからキッチンに行ってミルク粥だけちょろっと作ってみた。
匂いで吐く場合もあるだろーから、まずは水だけサイドテーブルに置いてやっかと戻ると、人の気配に気付いたのか既に寝てたノルが、一応ぼんやりとだが起きていたという訳だ。

「Grod作ってみたんだけっどよー、どうよ。食えそーけ?」
「…無理」

カップに口を付けてゆっくりティを飲みながら、熱っぽい声で応えた後にやっぱり咳き込む。
辛そうなんでベッドから離れた場所にある一人用のソファからクッションひとつ持ってきて、少しでも起きてんのが楽になればと、ノルの背中とベッドヘッドの間に入れてやった。

「食って吐いちまった方が案外楽になっぺよ。…んまあ、食いたくねんなら水分だけ取っとけな」
「…ちゅーか何でおん」
「あ?」

今更だが当然の質問に、少し瞬く。

「鍵、かかっとったろ…」
「ああ。アイスの奴がな、おめが体調悪ぃんだけんども用事あっからよ、俺に頼むわなーっつってったんだわ。体調悪い時のひとりってのぁきちーべな。 誰かしらいた方がえがっぺ?」
「いらんわ…。去ね」
「起きてんならカーテン開けっぞー」

無視して締め切ってたカーテンを両手で開けてる途中、後頭部にばっし!とクッションが飛んでくる。
振り返ると、やっぱりげほごほ咳き込みながらノルがもそもそまた布団に入って横になり、背を向けるのが見えた。

少し起きては用意してあるティを飲んでトイレに行ってまた寝て。
隙見てテーブルに置いてやったラクリス飴舐めてを繰り返し、ちっと深く寝たか…?と思った頃を見計らって寝室を後にした。
気ぃ張るような間柄じゃねえつもりだが、やっぱ人がいると完全なリラックスっつーのは無理だかんな。
リビングで本でも読んでっぺーって、寝てるノルを起こさねえように静かにドアを閉めた。

Dag, hvor du forkolet



日が暮れて沈んで、街灯がつき出した頃に玄関の鍵を閉めた。
夜までに体調が良くなればええなーと思ってたが、どうやら思いの外長引きそうだ。
泊まり込む予定はなかったが、明日朝早く自分ち帰れば明日の予定にゃ間に合うし、一晩くらいついててやるかと自分の分の夕食と同時に、流石に何か食わせなきゃってんで、腕まくりしてからキッチン入って冷蔵庫を漁りだしたタイミングで。

   __ぎ…。

「ん…?」

物音に惹かれて顔を上げた。
…つっても、今いる場所からじゃ別段何も見えねえから、ひょっこり連なってるリビングに顔を出すと、案の定っつーか何つーか、赤い顔したノルが片腕を壁に添えながらよたよた覚束ない足取りでリビングに出てきてた。
見るからに病人ですってぐったり加減に、慌てて駆け寄る。
駆け寄る前にノルが前屈みになって咳き込み、そのまま花が萎びるみたいにその場に座り込んじまった。
傍によって丸まった背中に片手を添え、俺もその場に屈んで顔を覗き込む。
背中に添えた手にすぐ熱が伝わり、思わず顔を顰める。
まだまだ熱そうだ。

「はあ~…。ばっかおめ…。よたよたしてんのに何出歩いてんだ。…何だ、どした? カモミールティ終わっちまったんけ?」
「……」
「あ…? お?」

俯いてた顔を上げる前にまず片腕があがって、熱い手が二の腕にかかった。
身を寄せるっつーよりは単純に辛くて寄っかかる風だったが、どっちにせよ崩れた身体を傾けて俺の鎖骨に額を寄せて、ノルが口で深く呼吸した。
殆ど癖になっちまってるが、寄っかかってくるノルに、背に添えていたはずの片手が反射的に後ろ腰に下がる。
いつもより何倍も熱持った息が皮膚に当たって、多少危なかった。
…何となく寝室から出てきた理由を察して、なるだけ優しくゆっくり小声で語りかけることにした。

「だいじだって。帰んねえから。…な?」
「…」

部屋の片隅で熱い身体をきつくない程度に引き寄せ、隠すみたいに覆う。
ちっこい頃みてえにお姫様抱っこでもできりゃあいいがそーいう訳にもいかねんで、ノルがそのまま眠っちまう前に片腕取って首にかけ、多少無理してもらって悪いが、ゆっくり歩を進め寝室まで戻らせた。
カーテンを引いてベッドに寝かせ、ぽんぽんっと二回頭を叩いてから屈めていた背を直す。
…ちらっとサイドテーブルを見るとティが少なくなってた。
飴も減ってたし薬を飲む為の水も減ってたんで、夜の間中喉渇いちゃなんねえし、補充する為に中身の減った水差し片手に一端キッチンに戻り、ついでにタオルを濡らして水を切り、再度寝室に戻ってきた。

「ちっと冷てえぞ~」

結構汗かいてっし、首もととか両腕額拭ってやろうかと濡れたタオルを近寄らせた直後。
むんず、と下からタイを掴み取られた。

「…」
「あ?……うおっ!」

情け容赦なく不意打ちで引っ張られ、首に遅れて身体が前のめりになる。
反射的に両腕をシーツの上に着いたが、危うくノルの上にダイブするとこだったんで、真剣に冷や汗かいた。
病人にボディプレスとか…死ぬべな。

「ばっかノル。急に危ね…いでででっ」

両耳をそれぞれ抓まれ、強く引っ張られて首が無理矢理下に下がった。
鼻先にノルのキレーな顔があるにはあるが、赤い頬に反して据わった目がじっと睨むように俺を見上げる。
ぼーっとしてるだけなのか思考が鈍くなってんのか、暫く無言だったが、やがてぽつりと。

「……移す」
「へ? 移…はあ!? 移…ちょ、おいおい止ぁめ…っ!」

慌てて体勢そのままにノルの両手首取って止めようと思ったが、何分元が近距離すぎて間に合わなかった。
ぶちゅ、と力任せに押しつけるだけのキス…ならまだ突っ込み所があってよかったんだが…。
…まあ、お互い慣れ過ぎてる。
相手からのキスにはもう無条件に安心感しかなくて、角度を付けた柔らかい触れ方に、一瞬こっちもぱたりと思考が留まった。

「…」

触れただけで一端唇を離す。
そんで、離した後またすぐに重ねた。
熱い舌を押しつけられ、絡め取ってやったはいいが…。
こりゃ絶対移るぞ…と、頭の中の冷静な部分が抑止を訴えるが、そのまま背中に両手を回され引き寄せられちゃあどーにもなんなかった。
…ま、一緒に寝るくらいはいいかな、とかな。
あっさり転んで深くため息をついとくと、顔を寄せて、ノルの白い首筋に音立ててキスしてから一度身を起こした。
タイを緩めながらベストを脱いで畳み、テーブルに置く。
その上にタイもちょんと乗せ、シャツのボタンを上3っつ外してから、そこでもっかいため息ついた。
…絶対止めた方がいいに決まってる……んだが。

嬉しい反面乗り気しないっつー奇妙な感情のままちょっとだけ布団をめくると、めくった片手首に、ほんとにすぐ指先が伸びてきた。





…考えたら。
何もやんねえでこんなにぴっとりくっついて寝たのは、久し振りだ。
絶対人に使わせねえノルのお気に入りの枕があるにはあるが、そこに頭は全然かかってねえで、横向きで寝てる俺の鎖骨のちょい下あたりに額を押しつけ、浅い呼吸を繰り返す。
短い息が吐き出される度、シャツの間から息が入って胸板の皮膚が熱く湿る。

「…」

無意識に双眸が細くなり、季節柄薄い布団の上からそっと、片手を向かい合わせになってるノルの片腿へ添えた。
空いてるもう片方の手で、細いブロンドを緩く梳いてから熱い頬に添える。

「…辛えけ?」
「…」
「辛えなら辛いっつっとけな。…何も病気ん時だけの話じゃねえが、寂しんなら寂しいって言やえがっぺな。出来ることなら何でもしてやっから。…っつーか熱くねえけ? ティ飲むけ?」

近距離で嗅ぐ恋人の匂いってのは呆れるくらい甘い。
脳みその都合良い感覚に滅入りながら、色々尋ねてみる。
あれこれ聞いたって疲れきってて応える訳ねえのは分かってるが、うっかり変な方向に手が出るのを避けたい。
病人に手は出したくねえもんだ……って思ってる傍から!

「あ? …っんむ!?」

ふ…っとノルが顔を上げ、シャツの襟に指の爪ひっかけてちょっと首を伸ばしたかと思うと、油断してた俺の顎に唇を当ててきて、思わずひょいっと顎を引いた見下ろした所で口に押し当てられた。
さっきより多少強めに誘われ、やっぱり惹っ張られて舌を吸っちまった。
…かなり熱い。
熱いんだが…。

「…」

シーツに手を着き、むくりと身を起こしてみる。
ぼんやりした顔で気怠げに見上げるノルの片手を柔らかく取り、手の甲へ口付けた。
その後で唇を離し、手を握ったままじっと見下ろす。

「…体調平気なんけ?」
「…平気じゃねえならすぐ止めりゃええべ」
「やってる途中に吐……ぶっ!」

お気に入りの枕でかなり近距離から横殴りに遭ったはいいが、その枕が寝てるノルの上に落ちる前に腹の所でキャッチしておいた。
ノルの背へ片手を添え、その背を軽く持ち上げてからキャッチした枕を改めてもとある場所へ置いてやり、その上へそっと降ろしてやった。





シャツを開けて左右に開く。
上に四つん這いになって目に痛い白肌の鎖骨にキスすると、深くゆっくり、目をふせてたノルが息を吐いた。
汗の分多少塩味が舌に残る。

「…気持ちええけ?」
「…」

言葉で返さねえ分うっすらと目を開けてキスを強請られ、それに返してやる。
もう移るんなら移れっつー話だ。
気遣っていまいち強引になれないキスを続けながらぴたりと片掌で首筋を撫でてやり、そのまま肌を撫でる要領で胸を撫で、脇腹の括れへ降りていく。
かなり昔っからたった1人、目の前の我が儘素直なお姫さんに夢中だったが、こーゆー経験ってだけなら他にもちらほら遊んでた時期がある。
遊んでた時期があるが…まあ、こっちのモチベーション次第ってのもあるんだろうが…それらの誰より触ってて気持ちいい。
髪も肌も、うっとり目を伏せちまうくらい滑らかで癖になる。
…そのまま手を滑り下ろし、躯のラインを追って邪魔な衣類の中で腿に添えた後で既に熱だけは持ってたそれを握ってやると、くん…っとノルが一度ちょっとだけ顎を上げた。
それからすぐ逆に引き、俺の手に耐えるようにどこかぼんやりしなたらも身動ぎする。
 
「…、ん…」

鼻声の低い嬌声。
ブロンドが流れてる枕の左に片肘から先掌まで着いて、鼻先の距離まで顔を詰めて堪らず近距離でその顔を見詰めた。
一度離した唇を追われてもう一度キスを強請られたが、気付かないふりしてコツン…と額でこめかみ辺りを突いてやると、ちょっと顔を顰めた後で背中に両腕を回して引き寄せようとする。
…本当に綺麗で可愛くて愛しくて、参る。
ただでさえ熱で整ってなかった呼吸が、俺が弄る分だけ更に乱れていく。
元々熱があって寝てるんだから身体中の孔は緩んでる訳で、いつもより早めに先走りも溢れてきた。
親指の腹で先端を刺激しながら根本を握る。
ノルがシーツの上に伸ばしてた脚を折って立て、無意味に脚を閉じる。

「…っ」
「そのまま出しちめえな。どーせ挿れねえからよ」
「…ぁ…? なん……っ!」

ぼやっとしたまま遅れて疑問がノルの口から出かけたが、その前にするりと躯を離すと下にスライドし、両手で腿持って開き、ぱくっと濡れ湿ってたそこへ食い付いてやった。
驚いてノルが半身を起こしかけたが、キス以上に強く吸い付いてやると身を震わせて倒れ込むみたいに再びシーツへ背を付け、枕に頭を降ろした。
それを確認しながら、口の中に吸い出した先走りを取り敢えず飲んどく。
喉を鳴らした後で本流を誘いだそうとまた吸い始めた所で、ノルが背を丸め、上半身を横向きにさせて指先で枕の端っことシーツに爪を立てる。

「ちょぉ…っや…め…、…っや」
「ほへえふぇらひほひは…ふがっ!」
「…!!」

咥えてる途中で上からぐわし…!と片手で頭部を押さえられたが、自分でやったその行動が尚のこと深く咥えられることになり、丁度喉の奥に擦れたらしい。
ぞわわ…っとノルが両肩を上げて身を震わせ、くしゃりと表情が弱々しく歪む。
泣き出しそうなその表情に加え、キスもできねえから声も丸抜け。
枕に顔を埋めて必死に声を抑えようとするが、上半身捻るだけじゃ完璧に枕に顔を押し伏せることもできない。

「あ…ぁ…、や…っ」

嫌いじゃなくて苦手なだけのフェラは、瞬く間に先走りの量を増やした。
流れ出たそれを呑み込んだり、また逆に舌の上に乗ったそれを側面に舐め塗ってやったりする。
そんで空いた指先で脚の付け根を撫でなぞったり、足の指の間を撫でたり…。
その都度身を震わせる。
背中を丸め、自分を抱くようにシーツに皺を作って耐える姿に思わず目を細くする。

「こん…っ阿呆…が…っ」
「ん? たまにはええべな。だいじだって。…なーに心配してっかしらねえけど、声だってすげえ綺麗だからよ」
「…ッ」

褒めて出しやすくしてやろうと思ってんのに、こっちの思いとは裏腹にノルはそれ以上声が出ないよう、ぐ…っと唇を閉ざした。
…本人が嫌がってんならまあいい。
内心やれやれとため息つきながら、熟した先端を咥えて喉の奥で吸い続ける。
声は出さないものの表情を歪めて結局は形の良い口を開け、ノルが深海から上がったように酸素を求めて深く息を吸う。

「っ…、ふ…。ぁ…――ッ!!」

射精すんには不意打ちが必要っぽかったんで、股の間を前から後ろへ人差し指の先でつー…っとなぞってやると、流石に切っ掛けにはなったらしく、喉の奥に漸く熱いものが流れ込んできた。
咥える側ってのはあんまし経験ないんだが、なかなか巧く飲めたと思う。
因みに、最後の高いテノールの嬌声は個人的にかなり堪んなかった。
脳みそに一気に血が上がっても堪えた俺はめちゃくちゃ偉いと思う。
…ずっとくっつけてた顔を下半身から離して口端から溢れて垂れてきた一滴を親指と舌先で舐めてても、枕とかサイドテーブルにある置き時計とかがぶんながってくることがなかったんで、ちょっと意外に思って顔を上げた。

「……飲んだん?」
「あ?」

気絶でもしてんのかと思ったがそういう訳じゃないらしく、仰向けになったまま緩く足を閉じ、短い息を吐きながらノルがぽつりと言った。
頷いとく。

「飲んだ」
「……………………馬鹿なんと違う」

片手の甲で口元を覆い、ノルがそっぽを向く。
顔は相変わらず赤めだったが、珍しくその理由が熱だけじゃないってこたぁ一発で分かった…が、そこに突っ込むと殴られそうなんで止めておく。
身を起こし、シーツに両手着いて滑り込むようにノルの隣に横たわると、両腕を伸ばして着崩れたその躯を抱き締め、忘れずにキスをしようとしたが、拒否された。
青臭いキスは嫌なんだと。
…自分が咥える方なら全然気にしねえでその後もキスすんのに、変な所で拘る。
仕方ねえから、頬と額にしておいた。

「こんくらいが丁度ええだろ。無理したって疲れっだけだってえ。…取り敢えず、出してすっきりしたべ?」

言いながら額を合わせてみる。

「…お。少し下がったんじゃねえけ?」
「…」
「ん?」

気でも緩んだか、ちょっと会話が空いた十数秒の間にノルは目を伏せて寝入っちまったらしい。
前髪を退けて片手を額に添えてみるが、どうやら本気で少し良くなったっぽい。
まあ、一気に熱の排出をしたっちゃしたって訳か…。
吐き気がないなら案外手段としては上々だったりしてな。
体調が良くなろうが悪くなろうが今晩はいるつもりなんで、その辺は正直全く関係ないが、どっちかって言うまでもなくノルが楽な方がいいに決まってる。

「…Godnat」

鼻先をいつもよりしっとりしてる髪へ埋めながら、耳元で心からおやすみと囁いて、そんで俺もすぐ眠り込んだ。
気心知れた好きな相手の隣が癒されるっつーのは、何も病人だけじゃない。











どげっ!!…と。
唐突に真横から衝撃を受け、俺は上下左右も分からねえまま力学に則ってベッドから転がり落ちた。
しかもその転がり落とされた時に入った拳だか蹴りだか知らねえ何かが、ばっちり脇腹に入って一瞬冗談抜きで息が止まった。

「っ…てえええ!!」
「…狭え」

一瞬遅れて叫き、ベッドに片腕着いて床から起きあがると、半眼で顔を顰め、毛布に丸まってるノルと目が合った。
白い片足だけが丸まった毛布からつき出している。
…ああ。ってことは、拳じゃなくて蹴られたんだな。
寝癖の付いた髪を手櫛で撫でながら、欠伸をしつつベッドのシーツ上に顎を乗せる。
見た目で結構回復したのは分かるが、ぼーっとした寝起きの頭で聞いてみた。

「どーだ。熱下がったけ?」
「…知らん」
「測れ測れ」

顎を乗せたままサイドテーブルに片腕を伸ばし、体温計を取る。
測ってやろうとノルの手首に片手を伸ばすとぴしゃりと叩かれ、手の中から体温計だけ奪われた。
…ん。
測るまでもねえわな。
きっと熱は下がってる。
思わず表情が緩む。
邪魔な横髪を耳にかけながら、ノルが身を起こしてベッドの上でぺたりと座る。
体温計のボタンを押し、耳に当てる間、馬鹿でも見るみたいにノルが俺を見据えた。

「…何なん。そん阿呆面」
「んー? いや。今晩は平気そうだな~と思ってよ」
「…。何が」

ワザと素知らぬふりして測った熱は、ばっちり下がってた。
あんましゆっくりもできねえが、まだ多少時間に余裕がある。
もそもそ背を起こしてベッドに片膝乗り上げ、シーツの上で片手を重ねたままキスした辺りでビー…っと、玄関のベルが鳴った。
兄貴のこと心配して早朝からやってきたアイスがこなけりゃ、まだベッドからけっ飛ばされずに済んだんだろーなー…とか、多少未練がましく思っちゃいるが…。

「ノル、だいじけ? 良くなったって油断してっとまたすぐへばっちめーぞ。ラクリスは舐めとけよ。ほれほれ。たくさんあっから」
「…こんないらんわ」
「あんたもう帰っていいってば」

取り敢えず、飴玉だけころころ渡し、改めて食べやすいお粥を作ってやった。
一晩同じ部屋にいた訳だし、キスしたり何だりで次は俺に移るかと思いきや、まったくそんな傾向はない。
…自己管理ができてるっちゅーこっていいことっちゃことだが、寝込んだら看病してもらう気満々だったんでちょっとだけ虚しかった。





「病人ごっこでもやっけ?」

その日の晩に提案してみたが、今度はばっちり置き時計が飛んできたんで、残念極まりねえがキャッチボールの要領で受けてはぽーいっと返しておく。
んでも抱き合う直前。

「…Takk for i gar kveld」

小さく小さくさり気なく。
ぽつりと感謝の言葉が飛んできて、毎度の事だが愛しさ任せでハグしたら、加減しろ!と強めのアッパーが飛んできた。


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