一覧へ戻る


和蘭さんの背中に腕を回し、抱擁する。
ただそれだけだというのに、密着する体温だけで全身をぞくぞくと快感が走り抜けていく。
音を立てて耳元にキスをされ、我慢ができずに少し身を離した。

「…」
「…。お、和蘭さん…」

このまま抱いてはくれまいか。
知らなかったとはいえ、薬物を食してしまってから一時よりは大分収まりましたが、それでも体は熱く火照ったまま…。
このまま即座に流れ込むであろうという予想に反して、抱擁が長い。
おずおずとお名前を読んでみたが、和蘭さんはというとどこか楽しげに目を伏せて耳元へのキスを続けるばかり。

「ン…」
「ん? 何や」
「な、何やって…」
「あぁ…疲れたさけ腹減ったやろ。そやのぉ。シャワー浴びてそろそろ夕飯にせな。暇やったさけいつもより豪勢やで」
「~…っ」

ふふんとでも擬音を付けたくなるような微笑に、益々体は熱くなる。たぶん怒り成分ですけど!
わ、分かっててそれ…!
何でそこまでされなきゃならないんですか!いつもだったら放っておいても襲ってくるのはそっちなのにー!
ああもう、ホント嫌だこの方!
S!ドS!!
言いたいことは山程ありますが……ああっ、しかし今日はそんな時間も惜しい…!
悔しさに一度きゅっと唇を噛みつつ、今にも立ち上がってしまいそうな和蘭さんの腕に必死に縋り付く。

「……とでも……いですか…」
「あ?」

悔しさを胸に抱えながらも何とか言葉を振り絞ってみるけれど、聞こえなかったのか、和蘭さんが態とらしく聞き返してきた。
かーっと、ますます顔が熱くなる。

「何じゃ。ぼそぼそ言うても聞こえんげ。もっとハッキリ言いね」
「で、ですから…。あ、あとでも…」
「ああ?」
「…っ!」

和蘭さんの片手が、着物の上からすっかり染みになっている下肢に触れる。
握られたわけでもないのにぐわっと感覚が背中を駆け上がり、とても我慢ができない。
悔しいですが、小さい声で言って何度も言い直されるよりはマシ!
ぎゅっと一度目を瞑って意を決してから、ばっと和蘭さんへすり寄った。

「ぁ、あ、後でもっ、いいですか…!?」
「…」

突然すり寄ってきた私に驚いたか、和蘭さんが一瞬意外そうな顔をなさった。
一拍置いて、大きな掌がふわりと私の頭を撫でる。
ふと顎を上げてお顔を拝見すると、美しい碧眼と視線が交わった。
顔を寄せられ、頬へ口付けをいただける。

「…ったく。しゃーない爺さんやの」
「ぁ…」
「そんな腹減っとったんか。…よっしゃ。ほんなら寝るんは後にして早速料理を温め――…」
「い、いやああああっ!!違う!違います違いますっ!食事"が"後でもいいかとお伺いしたんです!食事"が"!!い、行かないで!行かないでくださいいいいっっ!!」
「おー、ほーけほーけ。主語言わんさけ分からんかったわー」
「絶っっっ対、嘘ですよねッ!?」

直前までの甘い空気をガン無視して颯爽と立ち上がる和蘭さんの後ろ腰を必死で掴んで引き留め、漸く本当にこの方をベッドへ留めることができた。
本当はノリノリのくせに、のろのろとした仕草で再びベッドに腰掛ける彼の衣類を、顔を赤くしながらも忙しなく剥いでいく。
あああぁあ…。
意地が悪い!
――と思ったところで、ぐいっと引き寄せられ、口付けを交わす。

「――」

"くれてやる"と言わんばかりの上からな口吻。
それでも、悔しいくらいに全身がふにゃりと弛緩するのが、自分で分かった。

 

 

 

ギシギシとベッドが軋む。
布団の方がよっぽど静かで好ましいけれど、この音が絶えず鼓膜を刺激して、一度気付いてしまえばそれだけでどんどんと感度は高まっていく。
和蘭さんは案の定というか何というか、当たり前のようにローションやゴムを用意しており、ただでさえ両手両脚縛られて独り二度程達して濡れていた私の下肢に更に滑りを足した。
あぁもぉ…既に体力など使い果たしているのに、目の前の享楽を貪るのを止められない。

「んっ…。あっ、ふぁ…」
「おうおう、どないしたん爺さん。今日はようけ感じとるやんけ」
「は…っあ、ぁぁぅ…っ」

前戯もそこそこに、和蘭さんが押し込むように私の中へと挿ってくる。
待ち望んでいたものに、自分で己のものを弄りながら快感で震える。
ベッドに仰向けになり、太い首に片腕を回して見上げていた彼にせせら笑われるが、どうしたも何も、全てあなたのせいでしょうと心の中で悪態だけはついておいた。
そもそも、薬を盛られて手足を縛られ、三時間近く放置されれば誰だってこうなります!
いつか絶対私も一服盛ってやる……と残った理性の一片が思うも、果たして終わりまで覚えていられるかどうか。
体全体は熱を帯びてすっかり弛緩しているものの、交わるのは久し振りですから、指で解して下さったとはいえ和蘭さんを受け入れる度に中が徐々に暴かれていく感覚に襲われる。
熱い楔が、肉の壁を拡げながらずぷりと奥へ沈んでいき、びくびくっと背を仰け反らせた。
熱くて、とても気持ちが良い。

「は、あぁっ…。だっ…、て…。ぁ、あつくて…、あつくて…。んんっ…!」
「ほーけ。あんまし気持ちええと躾にならんのぉ。…にしても」
「ひゃ…」

ずるりと中にあった雄が浅くなり、突然の感覚に肩を跳ねる。
ぐいと人の臀部を広い手で左右に開き、真顔で和蘭さんが言う。

「思ったより使ぅとらんみたいやの」
「な…」

信じられない言葉にざっと青筋が立つ。
羞恥心と不愉快で、真上にいる和蘭さんをきっと睨んだ。

「当たり前じゃないですかっ!あなた私を何だと――…あっ…ぷあっ、…ん、んーっ」

右手の指を絡めて押さえつけられ、荒い息の間に何度も口付ける。
羞恥心と不愉快が、一気に何処かへと飛んで行ってしまった。
強引そうに見えて、その実こちらの呼吸と感じ方に合わせてくださっているのは、勿論察している。
…ああ。
本当に久方ぶりの逢瀬なせいか、溶ける程に気持ちがいい。
気持ちいい。ああ、堪らない。
単語としての「愛」も「恋」も知らない頃から、私の情をごっそりと持って行く。
この方と濡れた熱い舌を交わす度、どんどんと自分が淫らになっていってしまう。
間間の時間は空けども、今も昔も何度も交わしたことのある体はすっかり和蘭さんを覚えてしまっており、覚えのある奥へ届かない抜き出しに体が焦れる。
広げた着物の上で身動ぎし、羞恥心も忘れて和蘭さんの腰に恐る恐る両脚を絡めた。
足で、するりと彼の腰を撫でる。

「ぁ、あ…。お、和蘭さ…、奥っ、もっと奥に…!」
「あ? …ハ。アホ。俺のモン一気には無理やろ。切れてまうさけ、ちょぉ待っと――」
「平気です…!平気ですからっ」
「平気なワケあるか」
「もっとっ…ぁ、奥っで、いいです…っからぁ!」
「知らん」
「っ…。や、やぁっ…。お願いしま…ぁ、奥っ、挿れてっ、奥にっ…!」
「…。………効き過ぎやな」
「ふぁ…」

話をそらすように、口付けの回数が多くなる。
駄々っ子を宥めるような優しい口付けも、けれどそれくらいでは気も反れない。
口付けを逃れてふるふると首を振ってから、ぎゅうと和蘭さんを抱き締める。
始めにそうしてくださったように、今度は私から耳元へ顔を寄せ、舌で愛撫してから何度もそこへ口付けた。

「おい…。止めや」
「ん…。お、お願いします…。和蘭さん…」
「…」

尚も強請って耳を舐める私の手首を煩わしそうに掴み、和蘭さんが再び私をベッドへ押さえ込むと、ぐっと顔を近づけた。
顔を、両手で包むように頬に手を添えられる。
近距離で見る美しい瞳に情欲を見て取れて、どくんと心臓が跳ねた。
セットしてある髪が、汗で湿って少し額にかかり、ふわりと、キツいはずの煙草の残り香が甘く鼻腔を突く。

「…どーなっても知らんで」
「はいっ、どーなってもいいですっ!」
「…。…おう、爺さん。お前ホンマ余所で薬なんぞ使わんとけや」
「…!」

一度少しだけ体を離し、和蘭さんが私の膝裏と後ろ腰を掴んで持ち上げる。
繋がっていた場所から雄を引いてまた浅くすると、ぶるぶると期待に震える体をゆっくり、けれど一気に奥まで突き入れた。

「――ッ!!」

肉が開く。
互いの皮膚がぶつかる頃には、トン――と体の奥に先端が当たり、背を反らせて善がった。
声が出ない。
視界がチカチカして貧血になりそう…。

「ン――ッ、ふぁっ…あああっ!」
「っ…」

ずるりと引き抜き、また私を押さえ込むようにして貫く。
パン、パンと小気味良い音と粘着質な入口の水音、体内から響く音のないノック音、ベッドの軋む音が更に耳から私を煽っていく。
顎を上げ、口の端から唾液が流れた。
それを、和蘭さんが舌で掬う。

「はっ…。…気持ちええ?」
「はぁー…ぅ、ぁ、そこッ、そこがイイですっ!」
「ここやろ?」
「ああっ、ンンッ…っ、あっ…はあっ!」

私が強請った通り、何度も和蘭さんが腹の奥の突き当たりをノックしてくださり、その度に全身を、腹を中心に快感が駆け上がっていく。
もう何も考えられない。
ぎゅう…と手元にある着物の端を握り締めて、ひたすら衝動に耐える。

「そ、そうですっ、アッ。も、もっとっ、ガツガツ動いてくださいぃっ…!」
「…。おめぇ…人が気ぃ使ぅてや――」
「和蘭さん…っ!」
「…!」

もう色々と溢れ出て止まない何かに背中を押され、無理な体勢で体を起こし、両腕を伸ばして和蘭さんの首へ腕を回す。
ついでに、もう一度彼の腰に足を絡める。
大きな体を力一杯抱き締めながら、唾液で粘つく口を開いた。

「好き、です…っ」
「――」
「ああっ、好きです。お慕い申し上げます…!どうしようもないんですっ!薬だけじゃなく……ああ、もうずっとこうしたくて私――…っん、どうしてこんなに…っ」

涙をこぼしながら、いつもの私らしからぬ大胆さで口走ってしまう。
この人の何もかもが好き。
ツンとした横顔も、その下にある私にだけ見せる表情も何もかも。
魅力的な国々は数多にあれど、もうずっと前から、私の心はこの方で占められている。
いつも積極的になれない私だが、今日くらいはもうどーでもいいですくらいの勢いで言葉も出てくるし体も動く。
もう薬のせいでいい。
素直にこうして大胆に抱きつけるのであれば、もう何でもいい。
和蘭さんは一瞬だけ、僅かに瞳を揺らして私を見た。
…かと思ったら、両目を伏せて、はー…と、深々とため息を吐く。
いつもだったらショックで硬直してしまいそうなそんな彼の態度も、薬のせいかお構いなしで、兎に角この体温と離れがたく、ぎゅうぎゅうと広い背中に精一杯腕を回し、とにかく口寄せができる彼の皮膚を見つけては、そこへ接吻と舌を添える。

「…わっ」

一息置いて、彼の方からも体を寄せ、苦しいくらいに抱き締められた。

「……俺のが好きや」
「――!」

耳元で囁かれた言葉に、ぶわっと体中を何かが突き抜けていっ――…たような気がしたのですが、その感動を遮るかのように、噛み付くような勢いのある口付けに応えているうちにまた思考が霧散してしまう。
口付けを交わしながら和蘭さんが身を起こしたので、彼と抱擁していた私まで持ち上げられるようにして身を起こす。
座した彼と向かい合うままに、一層体が深く陰茎を銜え込む。

「んっ、ふ…っあぁぁっ」
「久々やさけ、俺が動くとすぐイってまうやろ。…おら、爺さん。奥欲しいんやったら自分で動いてみせえ。ヘタックソなおめえが動いて丁度ええわ」
「ンッ…」

パチンと尻を叩かれ、目の前の体に抱きつきながら、愛撫や口付けを受けながら、よく分からないままに跳ねるように腰を振りたくる。
さっきまで的確にノックされていた場所が途端に分からなくなってしまい、上手くその場所に当てようと淫らに何度も動いてしまう。

「ああっ、和蘭さ…ぁ、はあっぁっ、やぁっああぁ――ッ!」

結局、上手く奥を暴けないまま、触れられた前への刺激で達してしまった。
前に二度も達していましたし、いつもなら三度なんて多すぎる方のはずが、余韻の中にあってもまだ体が震えるくらいに捌け口を欲している。
熱の引かない自分の体が怖くなり、少し身を引いた。

「ぁ…。な、何故――」
「…言うたじゃろ」

膝の上から退こうとした私の片腕を掴み、汗で濡れた和蘭さんが言う。

「"食うたら長ぇで"――って」

不適に笑うそのお顔に、ぞくりと快感と悪寒が走る。
ぐいと引かれた腕に、我ながら哀しくなるくらい容易く体が持って行かれた。

 

 

 

 

 

 

日付が変わった真夜中…。
ベッドの軋みがいい加減落ち着き、遠くで梟の鳴く声が聞こえる。
…。
――…。

「………………しにたい」
「おえ…。そらええの。やり方分かったら俺にも教えや」

万感の隠った擦れた声の呟きに、背後から軽い調子の反応が返ってくる。
だいぶ染みを作ってしまった布団に横向きにもぐって、両手で顔を覆いはらはらと涙する。
腰が痛い。
…いや、腰どころか全身が痛い。
もう嫌です、今日明日は全く動けそうにもないです。
これでもかというくらい心身共に疲労困憊。
太股とか死にそうですっていうか死んでます。ぷるぷるして全然動かないですけどどーするんですかこれ。
ようやく、今度こそ本当に薬は薄まってくれたようで、ちゃんと「自分」でいられる感覚があるものの、我に返って襲ってくる溢れんばかりの羞恥心…。
の、乗ってしまった…。
二次元でしか有り得ないようなあんなことやこんなこと。
正直記憶も朧ですが、ベッドの上だけでなく、たぶん体を清めに行ったはずの風呂場にでも2Rがあったような気がしなくも…。
しかも、しかも……わ、私から、あんなに激しく 動――…。
…。

「あああぁあぁあぁああぁ~っ!」
「…やがまし」
「いたっ」

ぺんっと背後から頭を叩かれ、恐る恐る背後を振り返る。
シーツに片頬杖を着いて、和蘭さんが面倒臭そうにこちらを見下ろしていた。
流石にベッドで横になっているうちは煙草は吸わない。
やっぱりどこかで一度風呂場に行ったのか、和蘭さんの髪はいつの間にかセットが解けていた。
額にかかる前髪があると、この方は幾分か年相応に若く見える。
白い、西洋の方独特に筋肉質な裸体は素直に美しく、私にとっては憧れるべきものだ。

「さっきから何回奇声あげとんじゃ…。もうええやんけ。おめぇんちと違ぅて大阪が聞き耳立てとるわけやなし」
「そういう問題じゃありません!私の矜持の問題です!!」
「ほぉん…。おめぇに矜持なんぞあったんけ。布団にくるまってたイモムシ爺が、偉くなったもんやな」
「何百年前の話をし……うっ」

わしゃわしゃと髪をかき回されながら言われ、反論すら立ちゆかない。
…ああ、悔しい。
色々見られていますからね、この方には。
確かに今更恥の一つ二つという気がしなくもありませんが、それでも昨夜は酷かったと自分でも思う。

「も、元はと言えば、和蘭さんが悪いんじゃないですか!あんな怪しい店に私を連れて行って…!」
「何べんも言うけどの、おめぇが入りたいっちゅーたんじゃ」
「だって誰も麻薬が売ってるなんて思わないじゃないですか!」
「この辺では常識や。無知なんが悪ぃんじゃ」

つーん、と突け放す調子で言われてしまう。
ああ言えばこう言う!
けど、まあ…。
確かに「Coffeeshop」と「Cafe」の違いは存じ上げなかった。
今回知ることができたからよかったものの、これを全く知らず、しかも和蘭さんのご自宅以外で店に入って口にしていたらと思うと、その方がぞっとすることは確かだ。
教え方が何ですが……仕方がない。
不本意ですが、ここは爺が折れるとしましょう。
流石年長者。私偉い。
自分を褒めて一人納得すると、幾分か心は軽くなった。
形はひどく不格好ではあるものの、久方ぶりの逢瀬は嬉しくないわけがないのです。
ですが、だからこそ何というかこう…もーちょっとしっとりとですね…。
…いえ、大胆になれたのは確かにちょっぴり良いことでしたけれども。
…。
のろのろと、再び和蘭さんへ背を向けて背中を丸める。

「……お恥ずかしいです」
「何がや。言う程大したことしとらんじゃろ。…おめぇはいつもマグロすぎるさけ、たまにはええわ」
「まぐろ…」
「…ええか。学んだからには二度とと食うなや。次はホンマどーなっても知らんで」
「っと…」

後ろから肩に片腕がかかり、ぐいっと引き寄せられる。
髪や耳に軽く口付けされ、いつもは見られないようなこの寝起きだけの甘さのある仕草に、ふわふわと心が解けていく。

「…そう言えば」

はたと思い出し、腕の中で顎を上げて和蘭さんを見上げた。

「昨晩は、最中珍しく"好き"と言ってくださいましたね」
「…」

確か、聞いた気がします。どこかで。
「うわ珍し!」と思ったような気が…。
付き合いは今昔とかなり長いが、この方はどうにも天邪鬼で、「好き」だとか「愛」だとか口走ったのを聞いた数は、恐らく片手にも充たない。
西洋の方は多用するイメージがありましたが、彼に至っては全くそんな素振りはない。
昨晩は本当に、軽く数十年ぶりに聞いたような気がした。
ところが、和蘭さんは目を伏せて、小さく息を吐く。

「幻聴け…」
「はい!?」
「いよいよ末期やな、爺さん」
「いえいえいえ!仰いましたよっ!そこまで耄碌していませんっ!」
「言ぅてへん」

すぱ…と和蘭さんが言う。
そのあまりの平然とした言動に、果たしてあれは聞き間違いであろうかと疑問に思い始める。

「え、ええぇ~? 仰いましたよ」
「言ぅてへんわ」
「ぇ…。……。…ほ、本当ですか?」
「俺がほんなん言うと思うん?」
「…。ぁ…。そう、です か…。……聞いたと思ったのですが」

確信はどんどんと萎み、やがては幻聴だったような気にもなってきてしまう。
意図せず、少し視線が下がった。
…何だ。
妄想か。
確かに聞いたような気がしたのですが…。

「…」
「…」
「ん…? わ…っ」

和蘭さんが頬杖を崩し、そちらの手も私へ伸びる。
引き寄せられていた体を更に抱き寄せられ、体格差もあるせいで自分でも哀しくなるくらい、まるで童のようにその腕に収まってしまう。
頬を撫でられ、指で髪を梳かれて丁寧にキスをされてしまえば、言った言わないも諦めが付くくらいに情愛を感じる。
…と、これで納得しているから、毎回良くないんですけどね!
目を伏せてされるがままに何度か口付けを交わし、ですがこれ以上進まれたら私の腰が死ぬので、程々の所ですっと身を引いた。

「…どうするんですか。言っておきますが、今日は動けませんよ、私。折角あなたがお連れくださったのですから、あちこち見て回りたかったのに…」
「ほやろな。…まあ、それはそれでええやろ」

身を引いた私の後ろ肩を抱き、また懐へ引き寄せながら和蘭さんが他人事のように言う。

「俺は爺さんとだらだらしぃに来とんのや。動けんかったら、介護くらいはしてやるさけ」
「か……んぶっ」

私を抱いたまま、片腕でばさりと和蘭さんが布団を整え被り直す。
和蘭さんより背の低い私はというと、一時頭まですっぽりと布団の中に潜ってしまった。
布団と彼の腕の重さから、のそのそと身動ぎしては何とか頭を枕の上に出す。

「ぷはっ…」
「…のくてぇやっちゃ」

亀のように頭を出した私を、横向きになった和蘭さんが面白そうに見ている。
その目元と口元がほんのり柔らかくなっているのに気づく。
本当に些細な微笑みだ。
これが彼の笑みなのだと気付く者など、早々おるまい。
布団ではなくベッドですが…。


微毒と躾 after




こうして二人で横になっていると、かつての記憶や想いまで蘇る。
思わず私も口元を緩め、自らそっと体を寄せた。

「…お慕い申し上げておりますよ、和蘭さん」
「…」

言ってみても、やはり返事はない。
今日もただただいつものように、呆れたようなため息と、言動からは少しイメージが遠い、優しい口付けが返ってくるばかりだ。


一覧へ戻る






inserted by FC2 system