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お前案外物覚えいいのな。
教えがいがある。
お世辞抜きにしてもそこそこ頑張ってるよ。
覚えも早いしミスも少ないし…。
今度何か、いつもの頑張りの褒美にプレゼントでもくれてやるよ。
何がいい?

「…物じゃなくてもいいですか?」

あいつがそう聞いた時、確かに一瞬時間が止まった。
気付かない振りして続けた俺が悪かったのかもしれない。

「…まあ、許可できる範囲でならな」

初めはただのキスだった。

I know ...



「ん、は…っ、あ…っ」

膝に乗った日本を両腕で力任せに抱き締め押さえながらも、踵の浮かせ爪先でリズムを取り、時折膝を揺らしては繋がっている部分に波を起こす。
その度に日本が喉を反らして酷く啼いた。
涙で高揚した顔がもっと見たくて、落ち着いては膝を揺らし、終わる前にまた沈みを繰り返す。
窓際のソファセットはいつもの場所だ。
だからいつも座る奥のこの席側の窓は初めから厚手のカーテンがかかってる。
外でのいつもの言動もそうだし、さっきまで襟詰めてペンを走らせていた日本の姿を見てるから、尚更それらとは懸け離れた今の姿が欲しくなるのかもしれない。
ベストはボタンを外し、シャツ共々肘辺りで中途半端に止まってる。
タイは、たぶんどっかその辺に落ちてるだろ。
大きめのシャツ裾から静かに伸びる両脚を左右に広げ、左足は折ってソファに伸びていて、さっきまで撫でていた。
緩やかな弧を描いて向けられている色の悪い背に貪り付いてキスする品のない自分が大嫌いだが、その一方で喰らい付きたくて仕方ない。
この場には俺と日本の他に誰もいないことは分かってるが、人が見たら卒倒しそうなこの姿を誰かに取られやしないかと妙な警戒心が渦巻いて、とにかく両腕でも片腕でも、始終抱き締め続けるのが癖になってきてる。
ぐっと更に両腕に力を込めると、日本が僅かに顔を顰めたのが息づかいだけで分かった。
…それでも懸命に、窮屈な腕の中で腰を動かしては吸い付いてくれる。
何て言うんだ、これは…健気さ?
涙と頬赤で飾られた顔が、快感で苦しげに歪むのが堪らなく愛しい。

「…日本」
「っ…!」

歯を立て、肩に噛みつく。
爪先に力を込め、かたんっと少し大きめに床から踵を離すと膝が揺れ、軽すぎる日本の躯がそれに合わせて跳ねた。
身悶えすらも許さない程、ソファに座る背を折り曲げて小さな躯を隠すように抱き締めて押し潰す。
角度が変わり、くしゃくしゃになった顔を上げ、唇を開けたまま日本が震えた息を吐いた。
呼吸すら惜しい。
空気中に散らしたくもない。
誰かが吸うかもしれない。
そんな果てしなく馬鹿なことすら本気で考えてる自分も大嫌いで、そして逃げられない。

「…い、ぎりすさ…っん…」

冷たい指が俺の手に重なる。
狭い拘束の中背を丸め、荒い呼吸と共に自分を抱く俺の指先にキスをした。
唇を押し当て、舌で指先の皮膚と爪を僅かに撫でてから、音を立てて離れようとする。
顔が俺の手から離れる前に、片腕で顎を捉えて人差し指を口内に突っ込んだ。

「んっ、ぐ……っ」
「…日本」

急に口内に異物を入れられ、日本が掠れた喉で咳き込む。
もっと欲しい。
キスが欲しい舌が欲しい呼吸が欲しい、全部欲しい。
けど、違うんだ。
これはだって…日本が俺としたいっていうから。
欲しいっていうから、やってるだけで…前日教えた分のテストで全問正解したらって条件だし、褒美は何でもいいって言っちまったから…。
必死に言い訳を繰り返しながらも、思考がぼやけて言葉が出てこなくなる。
単語がいくつかぽつぽつと浮かぶだけで、とても文章を作れない。

「っ、ぁ…。あ、ぁあっ…!」
「日本、好きだ…。好きだ好きだ。……愛してる」

膝の上で乱れ狂う友人を頑なに抱き締めて、鬱陶しいくらい言葉にする。
する度に距離を感じて、だから明日はきっともっと強く抱き締める羽目になる。
どんどん遠くなっていくのを感じるから、だから更に通って繋ぎ止めようと必死になる。
俺は馬鹿じゃない。
少なくとも自分の愚かさに気付けない程馬鹿じゃない。
…大丈夫だ。
ちゃんと知ってる。

俯いた火照る黒い瞳が、時折満足げに冷たく揺らぐのを__。










交渉において、自主的な親愛程タチの悪いものはない。

「“Good-bye”。…お気を付けて」
「…」

背伸びして寄せられる顔に無意識に背を屈め、応えてキスを交わす。
…要はこいつがミスればいいんだ。
そう思って、いつものことだが、昨晩よりも難しく量の多い宿題を投げ置いてやった。


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